第2節 戦争の傷跡 2話目

 ――オルランディア王国最強と名高い魔剣部隊。いずれも名高きつるぎ達であることには変わりないが、諸国において個々の危険度の認知度合いには差があることは意外と知られていない。

 例えばレーヴァンの場合、殆どが実際に戦場に出る末端の兵士、あるいはそれらを纏める兵長の実体験をもとにしたものであり、軍の指揮を行う長――すなわち貴族の耳に届く頃には、その軍は壊滅状態となることが確定し、噂はそこで途絶する。

 しかし極々わずかに生き延びた者の中で、まことしやかに囁かれる噂話は確かに存在する。

 その中の一つにあるのが――


「――『焔の剣を持つ青年を見たら、即座にその戦場から離脱せよ。まもなくその地は火の海に沈む』……敵味方関係なく、一切合切を焼き尽くす。国王がレーヴァンに出撃を命ずる時、それはその戦場における潮時を意味するのです」

「……そうだったのか」


 最も苛烈に、最も熾烈に。そしてそれを広範囲にばらまき散らせるのはレーヴァンただ一人。彼は今まで全ての戦場において、平民から貴族までその一切の区別なく、全てを焼き尽くしてきた。


「恨みを買っているというのはレーヴァン個人の事が知られているから、という意味ではありません。この先も振るうであろう炎が戦場におけるそれと知られてしまった時こそが、恐ろしいのです」


 近くでその目にしたならば、明日あすを生きるは諦めよ。

 遠目に見えたというならば、見えなくなるまで走り去れ。

 甲冑を、剣を、誇りを、信念を――国に尽くす忠すらも、その場に捨て去り逃げ失せよ。


 ――それはまるで一種の伝承のごとき口伝でもって、レーヴァンの武勇は諸外国に伝わっていた。そしてそれは隣国であるキュリオテ共和国においても例外ではなく、知っている者は知っているに違いないと、アドワーズは断言する。


「あとは誰かの前で剣を抜いていないことを祈りたいですけど……」

「ううむ……」


 無論この話自体、誰の耳にも入れられるものではない。そのため寝室として借りている部屋にてこの会話は行われていた。

 そして肝心の本人はというと興味もないといった様子なのか、あるいは事実を認めた上で何も言うことが無いという事なのか、部屋の壁に寄りかかって腕を組んだ状態で立ったまま、そっぽを向いて無言を貫いている。


「…………」

「レーヴァン自身もその自覚はあるようですから心配はないと思うけど、そういった意味でも単独行動は慎んで貰いたいわね」

「…………」

(……やっべー、昼間思いっきり剣を抜いちまったんだが)


 黙っていたのは何も言うことが無いからではなかった。正解は何も言えないから、黙りこくるしかなかった。


(あの場にいたのは見られたのはただの冒険者くずれ、まずレーヴァンだってことは分からねぇ。それにあの女も魔法だって思っているようだし――)

「どうしたのレーヴァン? 何か言いたいことが?」

「んっ!? いっ、いや、何もねぇよ!」

「……怪しいわね。まさかどこかで抜剣しちゃったって訳じゃないでしょうね?」

「する訳ねぇしするまでもねぇだろこんな低レベルな街でよぉ!」


 半ば逆ギレするかのようなレーヴァンの反応であったが、それがいつものことなのかアドワーズははいはい、と軽く受け流すと共に改めて注意する。


「全く……分かっているとは思うけど、私達はあくまで逃亡中の身。この国で名が売れるにしても、名声よりも先に悪名が広まっちゃったら意味ないんだから」

「分かってるっての!」


 父親ウェルングを鍛冶師として有名にする――そう言いだしたのは確かにレーヴァン自身であり、そして本人もその足を引っ張るつもりなど毛頭ない。

 表に出さないものの心の中で反省しつつ、レーヴァンはこれ以上突っつかれることの無いよう、その場をごまかし続けるのだった。

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