第6節 剣の作り方 2話目


「――折角じゃし、もう少しだけ探してみるか」


 ダーインを退けることに成功したウェルング達一行は、本来の目的である鉄鉱石の採掘作業を終わらせようとしていた。


「籠の中に入れていた分もそのまま残ってたし、ラッキーだったな」

「そうだな、もう少し集めたら帰るとしよう。後は炉をどこで借りるかじゃが……」

「…………」


 籠一杯に詰め込まれた鉄鉱石を見て満足げにするレーヴァンと、念の為に多めにとっておこうと更に山を歩き回るウェルングを後目に、アドワーズは一人物思いに耽っていた。


「……おい、アドワーズ!」

「はっ!? えぇっと、鉄鉱石でしたっけ!?」

「そうだけどよ……テメェ、まさかダーインの心配をしてんのか?」


 レーヴァンとの戦いで大きく入った亀裂。その一撃は自分ですら受けたことのない大きな傷。これから国に戻るとして、ダーインは果たして無事なのか、アドワーズはそのことがずっと気になっていた。


「……あんなに大きな亀裂が入った剣なんて、誰も見たことがないわ」

「治るかどうか気になるってか?」

「気になるに決まってるでしょ! もし、あのままお兄様が道中倒れてしまったら……」

「……じゃあ、親父殿に聞いてみるしかねぇだろ」


 そうして満杯の籠を担いでウェルングの下へと向かっていったレーヴァンは、特にオブラートに包むわけでもなく疑問となっていた魔剣の修復について直球な質問をぶつけることに。


「なぁ親父殿」

「ん?」

「ダーインのあのヒビ、あれって正直なところ治るのか?」

「…………」


 落ちていた鉄鉱石を手に取ったまま、ウェルングはすぐに答えを返すことなく黙りこくっていた。それは答えづらい内容だからというよりも、どう答えるべきなのかという説明の難しさに直面していたからだ。


「……どうじゃろうな。焼き戻しをして打ち直せば何とかなるかもしれんが、それができるような鍛冶師がついているかどうかは別問題じゃろうし……」

「その場合剣霊俺達はどうなるんだ?」

「剣霊はそもそも剣が剣として完成した後に御霊みたま入れをすることで成り立つものじゃからな……ヒビの修復程度なら今までお前達もやってきたし、それで別段問題が起こることはないじゃろう」


 ウェルングの説明を聞いたレーヴァンはそれを聞いて一安心するが、ここで新たに疑問がひとつ湧いてくる。


「……もしも剣が折れちまったとして、それをまた同じように作りなおしたらどうなるんだ?」

「…………」


 ここでまたしてもウェルングはすぐに答えを返すことなく黙りこくった。質問の意図がより具体的になるにつれて、誰に対する質問なのかが、明確になってきたからだ。


「……正直に言えば、わしにも分からん」

「…………」

「仮に真っ二つに折れた魔剣があったとして、それを材料そのままに継ぎ直せば元の剣霊が甦るのか……それは誰にも分からん」


 そもそも魔剣が折れたり砕けたりするなどといった事案自体、ウェルングが経験したことがなかった。しかし今回ダーインの剣につけられた大きなヒビがどうなるのか、それはウェルング自身も気にかけている。


「お前達剣霊は、あくまで剣の意思のようなもの。剣が剣として成り立たなくなった時点で死を意味するのか、あるいは破片をかき集めて全く同じに作り直せば剣霊もまた同じ記憶を持って復活するのか。その答えは恐らく誰にも分からん」


 だからこそあの場での手入れを申し出たのだろう。下手をすればダーインという存在が消えてしまうと思ってしまったからこその言葉だったのだろう。


「そうか……」

「まぁ、彼奴に関しては向こうに任せる他あるまい。もし次に下手な修復でこっちに来たら、わしが一から叩きなおしてやる」

「向こうに親父殿よりすげぇ鍛冶師がいるとも思えねぇしなー」


 そうこうしている内にもウェルングの方も満足のいく量の鉄鉱石を回収できたのか、地面に置いていた籠を背負いながら、遠くにいるアドワーズに帰ろうと声をかける。


「そろそろ帰るぞー」

「……あっ! はーい!」


 果たして兄は本当に大丈夫なのか――そんな考えで頭がいっぱいであったアドワーズであったが、ウェルングの声によって現実に引き戻され、そして急いだ様子で二人の後を追って行くのだった。



          ◆ ◆ ◆



「――ところで親父殿」

「ん?」

「炉を貸してくれそうな鍛冶場とか目星ついてんのか?」


 日も暮れて僅かな明かりが家から漏れ出る中、ビゼルラの街に到着した一行は次なる目的地へと向かおうとしていた。


「うーん……一応ギルドで話はしてきたんじゃがな」

「てことは、当てはあるって事なのか?」


 この地においてまだ名も売れていない鍛冶師に対して、気軽に炉を貸してくれるところなど殆どない。それも至極当然の話で、貸した相手が程度の低い鍛冶師だった場合、どんな状態で返されるのか分かったものではないからだ。もっと言えば返ってくるならまだしも、何らかの事故を起こして閉鎖ともなれば目も当てられない。

 そんな中で幸運なことに、たった一軒ではあったが流れの鍛冶師に炉を貸してやってもいいという鍛冶場が、あるにはあるのだという。


「しかしどうも胡散臭くてな……」

「と言いますと?」


 アドワーズが話に割って入って話を促したところで、ウェルングはギルドから聞いた話をそのままに二人に語りだす。


「話を聞く限りだとわしくらいの年代の先代鍛冶師がいたようじゃったが、病気で伏せって今は若造が一人で切り盛りしているんじゃと」


 当然ながら先代との経験の差から鍛冶場の評判はガタ落ちとなっており、今では客足も途絶えて閉鎖寸前だという話である。


「何というか、そんなところでお父様が腕を振るうなんて、勿体ないような気が――」

「気にするなアドワーズ。こだわるべき道具は持ってきておる。後は炉を具合次第じゃが――」


 街の中心から外れた郊外――近くには小川が流れるその場所に、目的としている鍛冶場は確かにあった。


「……これは……」

「んだこのあばら家は?」

「ちょっと! しーっ!」


 レーヴァンの率直な感想の通り、どう考えても人が住んでいるとは思えない程にさび付いた家が、そこに建っていた。

 炉の火も止まっているのか煙突からは一切煙が出ず、また明かりも一切灯っていない。水車が回っていても金属を打ち付ける槌の音やふいごの音は聞こえず、本当にここに人が住んでいるのかとまで思えてしまう始末。


「……ひとまず話はつけてあるとの事じゃから、わしが行こう」


 そう言ってウェルングは固く閉ざされたドアを叩いて、大声で名乗り出て用件を話す。


「おーい! ギルドから連絡があったと思うが、鍛冶師のウェルングという者じゃ! 此度こたびは炉を貸して貰えると聞いて、訪ねてきたんじゃが」

「……何も返事が来ねぇな」


 そうして暫くの沈黙があった後、ガチャリ、という音とともにドアが開かれる。


「……はいはぁーい」

「おお、夜分遅くにすまない。改めて、ギルドから話は通っていると思うが――」


 そこまで言ったところで、ウェルングは言葉を失った。それは単に若いだけの鍛冶師を見たからという訳ではない。


「……お主がここを仕切っとると噂の鍛冶師か?」

「あぁー、まあ珍しいといえば珍しいですよねー」


 ――魔法が得意な耳長エルフが、鍛冶師をやっているなんて。

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