第6節 剣の作り方 1話目

 ――これでレーヴァンに負けた回数は、片手では数えられなくなった。そして生まれて初めて、アドワーズを相手に心から敗北したと認められる出来事があった。

 オルランディア王国へと続く野道の途中、手に持つ剣を杖代わりにして、ふらつきながらもダーインは帰路をゆっくりと歩き続けていた。


「……フフッ」


 負け戦の後の足取りは、何時だって重々しいものだった。しかしこの日に限っては不思議と足取りが軽かった。

 思わず微笑みが漏れてしまうほどの緩みだったが、それだけ今まで自分の中で緊張感を高めていたのだろうと、ダーインは改めて今回の戦いの末に出された答えに満足感をながらも振り返る。


「……互いの立場を守るなんて滅茶苦茶な話、アドワーズでなければ思いつかなかったでしょうね」


 兄弟の中で最も心優しい剣であるからこそ、辿り着くことができた答え。その答えを持ち帰れば、他の兄弟達もきっと納得してくれる。

 そう思っての帰路であったが、ここでダーインの前に予想外の迎えがやってくる。


「……どなたかと思えば、兄君でしたか」

「…………」


 背中に背負う巨大な剣に見合う、剛腕と剛健。両腕を汲んで仁王立ちするその姿は、同じ兄弟とはいえ思わずたじろいでしまう。

 ダーインの目の前に立っていたのは魔剣部隊として共に戦う仲間であり、兄であり、そして剣術を教わる師として仰ぐ者だった。


「……敗れたなダーイン」

「…………」


 申し訳ありません、とその後に言い訳を連ねるつもりも無かった。この状態のボルグに対して何を言おうが、一喝されるのが分かっているからだ。


「…………」

「フン、まあいい。その為に俺が来たのだからな」


 そうして横を通り過ぎていくといったところで、ダーインは改めて口を開く。


「どこに行かれるつもりで?」

「決まっている。てめぇが敗れたと分かった段階で、今度は俺が行くだけだ」

「ではその前に」


 再び歩み始めようとするボルグの足を止めるかのように、ダーインは再び話しかける。


「なんだ。言っておくが、言い訳を聞くつもりは――」

「言い訳ではありません。そして私の負けを撤回するつもりもありません。ただ、向こうの提案に耳を傾けて頂きたいだけです」

「……言ってみろ」


 一体何を吹き込まれたのか。何を聞こうが決して同調するつもりはないものの、一応は聞いておく程度の意識でもって、ボルグはダーインの言葉に耳を傾ける。


「……父君の暗殺任務を、僕に一任していただけませんか?」

「何を言い出すかと思えば、負けて帰ってきた時点で話にならねぇだろ」


 巧妙に庇ってはいるものの、ダーインの身体には至る所にガタがきているのを知らないボルグではなかった。


「次は俺が行く。二人とも俺が叩き折って、そんで親父の首を持って帰って、それで終いだ」

「っ……その戦いの状況を、先延ばしにすることはできないのでしょうか?」

「……言っている意味が分からねぇ」


 アドワーズほど明快に答えることはできなくとも、その意図を伝えることはできる。


「この状況を、父君を狙っている状況を続ける事こそが民と父君の命の両方を維持できると言っているのです」

「…………」


 その言葉を聞いたボルグはようやくダーインの方へと振り返り、そして真っ直ぐに目線を合わせた。

 ――その視線は兄弟に向けるものではなく、愚者に向けるものとしてであったが。


「一体何を吹き込まれたか知らねぇが、親父の死を揺るがせることはできねぇ」

「何故です? 父君の命を救いたいが為、名誉を守るが為に我々は幾度と議論を重ねたはずでは?」

「その時間稼ぎが、何時まで持つと思っている。一年か? 一ヶ月か? 現時点で魔剣兄弟を二人も奪われている状況で、あの王がそんな悠長な真似を許すとでも思ってんのか」

「しかし王もこの事だけに構ってはいられない筈。周辺国との小競り合いも、ましてやキュリオテ共和国も視野に入れて――っ!?」


 ――ここでダーインはひとつ、大きな見落としをしてしまっていたことに気づいてしまった。

 それはアドワーズにもレーヴァンにも割り当てられていなかったが為に耳に入ることのなかった、新たなる戦争の話。


「……あの気狂いの王の狙う領地の中に、遂にこの共和国も入っちまったってことだ」

「でっ、でしたらなおさら――」

「ああ。なおさらこの国に軍を送り込むがてら、血眼になって探し出し始めるだろうよ」


 この話が成り立つにあたっての隠れた前提条件――それはウェルングの潜伏先が、オルランディア王国の敵対国となっていないこと。


「っ……!」

「分かっただろ? 俺達が殺すか、軍が殺すか。そうなったらもう、選択肢は残されてねぇ」


 どんな手立てを考えようと、後から後から湧いて出てくるように解決策が潰されていく。

 それが意図せざるものなのかどうかはさておき、ダーインは内に湧きつつあった希望が再び絶望へと塗り替えられていくのを感じた。


「…………」


 ――この場にアドワーズがいたら、また別の考えが思いついたのだろうか。あるいは今度こそ、諦めて戦いの道を選んだだろうか。

 しかし現にこの場にいるのは自分ダーイン兄君ボルグだけ。そして今となっては、その足止めをできるのも自分だけ。


「……やはりあの場で、お礼を言っておくべきでした」

「……てめぇ、何を考えていやがる」


 ダーインは抜剣したままの剥き出しの剣を両手で強く握りしめると、その切っ先をボルグの方へと向ける。


「剣を抜きっぱなしの時点で何かおかしいと思っていたが、奴らにほだされでもしたか」

「いいえ。ただ僕のこの剣、納める為には誰か一人を斬らないと納められないことはご存じでしょう?」


 嗚呼、何を思って剣を向けたのだ? 向ける先を間違ってはいないか。


 ――いや、これでいい。最期はやはり、父の側に立って死にたい。


「……久しぶりに、稽古をつけて頂けませんか」

「……残念だ。我が弟よ」


 ボルグはそう言って背中に背負っていた巨大な剣を片手にとり、敵対者ダーインに対して明確な敵意を向ける。


「お前の望みは時間稼ぎ……俺にそれが通じるか、試してみるがいい」

「言われずとも、そうさせていただきます!!」


 最後の最期に残しておいた、ダーインだけが知っているとっておきの切り札。

放つ相手として、不足はない。


「――道連れの断頭台ダーインスレイヴッ!!」



          ◆ ◆ ◆



「――流石、俺が教えただけのことはある」


 深夜に人知れず行われた決闘。返り血もなく、立っているのはただ一人。

 その者の足元には、二つに折られた黒い直剣だけが転がっている。


「最後に俺に、一太刀浴びせるとはな」


 男が手に持つ大剣には、この戦いによって刻まれた小さなヒビがあった。男はそのヒビを見つめ、そして足元に転がる一振りの剣を一瞥すると、共和国側に進めるつもりだった歩みを止め、踵を返して帰っていく。


「……心配せずとも、親父もすぐにお前の下に送ってやる」


 ――だから今は、安らかに眠れ。我が愚弟よダーイン

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