第3節 わし、息子達から追われる 6話目

「おやおや、覚悟を決めておきながらその程度ですか」


 背丈ほどの長さを持つ剣を軽々と振り回しつつ、ダーインはアドワーズを追い詰める。その一撃一撃はサイズ感の示す通り、アドワーズにとっては重たい一撃となって伝わっていく。


「くっ、うぅ……!」

「よくそんな迷いのある剣捌きで、兄である僕を相手取ろうなどと考えていたものです!」


 腹をくくったつもりだった。兄弟相手でも、本気で戦うつもりだった。

 しかし剣を交えることでようやくそれが現実味を帯びると同時に、ダーインの剣から伝わる敵意が、アドワーズの剣を鈍らせる。


「チィッ! 代われアドワーズ!」


 ひときわ甲高い金属音とともに、黒剣の一撃が受け止められる。戦いに気持ちが追い付いていないアドワーズに代わって前に出たのは、炎の剣を手に持ったレーヴァンだった。


「即席で戦闘交代スイッチングですか。随分と卑怯な戦い方をするものです」

「テメェを創り上げてくれた親父殿をブッ殺すような野郎に……言われたくねぇなァ!!」


 力による押し合い――つば迫り合いが激しくなるにつれて、レーヴァンの持つ剣から炎が激しく噴き出始める。


「オルァッ!!」

「くっ!」

「隙ありだぜぇっ!!」


 此度の鍔迫り合いに勝利したのはレーヴァンだった。一瞬の力の差による揺らぎによって弾かれたダーインを、レーヴァンはそのまま力任せにぶった切ろうとした。

 しかしダーインはとっさに後ろへと下がることでレーヴァンの縦一文字の斬撃を回避、戦いは仕切り直しといった形で再び互いに距離をとりはじめる。


「ハハッ、どうしたダーイン!? あの時の負けが頭をよぎったか!?」

「いちいちうるさいですね……相変わらずの馬鹿力には確かに驚嘆しますが、その程度で僕に勝ったなどとホラを吹いて貰っては困ります!」


 戦いは再びダーインによるからの一方的な攻撃によって形成されていく。


「っ、長けりゃいいってもんじゃねぇだろ!!」


 アドワーズと違って一撃一撃をきちんと押し返しながら、レーヴァンは悪態をつく。

 単純な剣の長さの違い、そしてレーヴァンとダーインの身長の差、手足の長さの違いによる、攻撃範囲外アウトレンジからの一方的な剣戟。懐に入り込もうにも、こうした戦闘経験はダーインの方が圧倒的に上であり、レーヴァンが前に出ようとするその出鼻をことごとく挫いていく。


「くっ……前に出られねぇ……!」


 アドワーズとはまた違った意味での防戦一方の展開にレーヴァンは苛立ちを募らせながらも、未だに打開策を見出せずにいる。


「クソが! とことんこっちの反撃を潰しやがって!」

「誰が貴方達に剣術を教えたと思っているんです?」

「アァ!? 俺が剣を教わったのはボルグだっての!!」

「僕もまた兄上に教わった身です。それも、貴方よりも遥か昔から!!」


 遂にその一撃が、レーヴァンの手から剣を弾き飛ばす。剣は回転しながら遥か後方、守るべきウェルングの近くまで飛んでゆき、そのまま地面へ深々と突き刺さっていく。


「しまっ――」

「これで終わりです!!」


 人間でいえば心臓のある個所――胸の中心が黒剣によって貫かれようとした瞬間、レーヴァンの姿がフッ、と消えていく。


「っ……ギリギリで霊体化を解きましたか」

「あっぶねぇー……」


 レーヴァンの姿が再び現れたのは、剣が突き刺さった地面の近く――明確な焦りの表情を浮かべながら、片膝をついての再登場だった。


「大丈夫ですか!?」


 追撃を恐れてか今度はアドワーズの方が割って入り、ダーインと再び交戦を開始。剣の一撃一撃を何とかいなしながら、アドワーズは無事を確認するべく声をあげる。


「ああ、心配すんな――」

「レーヴァンじゃなくて、お父様! 今ので怪我とか無かったですか!?」

「あー……まあ、確かにわしの方に飛んできたが大丈夫じゃ」

「少しは俺の心配しろっての……」


 自身を杖代わりにして立ち上がり、地面から引っこ抜いた剣に再び炎を灯す。

 あと少しで暴発するとまで錯覚するほどの炎を剣に纏わせたところで、レーヴァンは二人の方へ向けて大きく口を開ける。


「――アドワーズ!!」

「何よ!」

「しゃがめ!!」

「なっ!?」

「何をするつもりです!?」


 咄嗟に言われるがまましゃがむアドワーズの背後から、ダーインに向かって飛び掛かるようにレーヴァンは大きく剣を振りかぶったまま跳躍する。


「うおおおおおっ!!」

「不意討ち……っ!? 無駄ですよ!」


 ダーインが大きく後ろへとバックステップで下がれば、二人の間の距離は跳躍が届かない程に遠くなっていく。

 しかしそれこそが、レーヴァンの狙いだった。


立ち塞がる炎壁ファイアウォール!!」


 レーヴァンの狙いは最初から自身とダーインの間の地面だった。横に一閃、叩きつけるように地面を撫で斬りにした次の一瞬、遥か頭上を越える巨大な炎の壁がダーインの視界を埋め尽くす。


「くっ……! 最初からこれが狙いで!?」

「何のつもりですかレーヴァン!?」

「このまま戦っても俺達に勝ち目はねぇ! 一旦退いて作戦を練るぞ! 親父殿も俺に捕まって!」

「お、おお……」


 その後ウェルングを背中に背負ったレーヴァンは、アドワーズを連れて山の斜面を滑るように降りていく。そして炎の壁によって目の前の道を断たれてしまったダーインには、それを止める手立てはなかった。

 しかしダーインは焦る様子もなく、また剣を収めようとする気配もなく、ただ少しばかり面倒なことになったと、小さくため息をついた。


「はぁ……本当に愚かな弟です。このようなもの、時間稼ぎにしかならないというのに。それにやはり、僕の力のことを侮っているみたいで心外です」


 特に走って追いかけるつもりもないのか、ダーインは炎の壁を横目に、ゆっくりと歩きながら下山していく。


「……ここからでも追い回せるのが、僕の力です」


 そしてここからがダーインの本領発揮だという事を、三人はこれから知ることになっていく――

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