第4節 わし、ようやく決意する 1話目



「はぁっ、はぁっ……なっ……何とかけたか……」

「撒けてなんていないわよレーヴァン! どうするのよ一体!?」


 鉄鋼石を運ぶための籠などとっくに打ち捨てて、必死の形相で山を下ってからも走り続けた一行は、何とかギルドが管轄するビゼルラの街まで逃げ延びることができた。

 しかし完全にダーインの追跡を振り切れたわけではなく、あくまで追いつかれるまでの時間稼ぎに過ぎないことをアドワーズは知っている。


「流石にここで派手な戦闘はしないにしても、街から一歩外に出るか、あるいは――」

「夜中に暗殺されるか、といったところか」


 要人暗殺などダーインにとってはお手の物。過去には一人で深夜に敵陣営に潜り込んでは始末して帰ってきた経験など、ダーイン本人からよく聞いた話としてウェルングの記憶に残っている。


「……わしが死ぬ分はいい。じゃがこれでお前達までもが明確にオルランディアに敵対したことになってしまった」

「ケッ! 今更敵対なんざ怖くねぇよ! なぁアドワーズ!」

「…………」


 景気よく即座に答えを返すレーヴァンとは対照的に現実を前に沈黙してしまうアドワーズを前に、ウェルングはその気持ちをよく分かっていた。


「……わし自身、こんなことにまでなるとは思っていなかった」

「……っ! ちがっ、違うんですお父様! 私は――」

「いいんじゃ。結果として国から魔剣を盗み出したのはわしじゃ。そしてそれを許すほど、あの国王は手緩てぬるい男ではない」


 オルランディアの王が考えるのは、国を富ませ兵を強くすることのみ。キュリオテ共和国のような外交に頼るのではなく、地力のみで国の版図はんとを広げてきた。

 そんな王国の軍事面における心臓部ともいえる魔剣部隊、そのうちの二人を引き抜いて諸外国へと逃げていくなど、王にとってはまさに怒りの頂点に達する事態。少なくとも生け捕りとして捕らえられた所で極刑は免れない。

 そしてその考え方は、魔剣に対しても適応される。


「わしにそそのかされたとでも言えば、少なくとも魔剣部隊の中では丸く収まっていた。しかしこの後ダーインが報告するのはお前達の明確な離反行為。となればお前達もどうなるか分からん」

「…………」


 国から追放され、一人でここまで流れ着いていれば、今頃はただのしがない鍛冶師として暮らしていただろう。あの時もっと強く拒絶していれば、アドワーズもレーヴァンも魔剣部隊として普通に兄弟と過ごすことができていただろう。

 しかしウェルングはこともあろうに、あの瞬間に喜んでいた。喜んでしまっていた。

 国から、王から――魔剣我が子たちから捨てられたと思っていたものが、たった二人の子供たちだけでも自分を慕い、ついてきてくれたことに心を救われてしまっていた。


「……今からでも遅くない。ダーインの元に戻れ。そうすればお前達は少なからず助か――」

「ぜッッッッッッてぇやだねッ!!」


 ウェルングの言葉を一蹴するように、レーヴァンの大きな否定の声が町に響き渡る。


「うわっ、うるさっ……」

「何? パーティ内で喧嘩?」

「……は?」


 何か揉め事かと周囲の人々の注目が集まる中、そしてウェルングがその反抗に呆気に取られている中で、レーヴァンは改めて自分の想いを父であるウェルングへと語り始める。


「……俺は確かに出来の悪ぃ末弟だ。親父殿の言う通り、国に戻ればまた兄弟仲良く過ごせるかもしれねぇ」


 他の兄たちからは、単なる気まぐれでの離脱と思われているかもしれない。しかしレーヴァンは父ウェルングの追放の話を聞いた時点で、気まぐれではない明確な自分の意志でこの立ち位置にいることを、父親とともに国を離れることを決意していた。


「でも俺は決めたんだよ! 決めちまったんだよ!! 親父殿が世界最高の鍛冶師だってことを知らしめるために、俺達の親父殿が最強の剣を創れる男だってことを知らしめるために、一緒に自由な世界に旅立つことを!!」

「最強の剣? 何のことを言ってるのかしら? フフフフ……」

「面白いことで喧嘩してるな、笑えるぜ――」

「笑ってんじゃねぇッ!!」


 燃え盛るの切っ先が、近くで嘲り笑っていた一人の男の喉元に突きつけられる。その剣を通してレーヴァンの放つ言葉が与太話でも何でもない、本気の言葉だと周囲に伝わっていく。


「……俺のこのを創ってくれたのは親父殿だ。そして俺は、紛れもない最強のだ」


 想いを吐き散らしたことでレーヴァンの激情が少しずつ収まっていくと共に、燃えさかる剣もまた静かに柄へと納められていく。


「……俺は諦めねぇぞ。例え兄貴ダーインをこの手でブッすことになったとしてもな」


 そうしてレーヴァンはこの場に立つもう一人の魔剣の方を振り向き、その目をじっと見つめる。


「……テメェはどうなんだよ」

「……っ!」


 ――ここで初めて、アドワーズは自分を恥じることとなった。ウェルングについていくことに対して本気で向き合っていなかったのはレーヴァンの方ではなく、自分の方だったということを。


「……私はレーヴァンのような、そんなに大きな目的なんて持っていません」

「…………」

「……私は! ただ……ただ、お父様のそばに一緒に居たいだけなんです!!」


 ――その真っ直ぐな思いは、確かに父親ウェルングに伝わろうとしていた。


「お父様がいるからこそ、私は王の剣の一つとして城にいられた! お父様に褒められるからこそ、私は国の為に戦ってきた!!」

「……どうやら、訳アリのようだな……」

「そう……みたいね……」


 それまでも他を圧倒する実力によってDランク内でも目立っていたアドワーズ達だったが、その裏付けをするかのように今回の独白にその場の皆が耳を傾ける。


「そんなお父様を、国が必要としないのなら! 私だってそんな国にいる必要ない! 私は、お父様と一緒にいたいだけなの!!」

「……その気持ちだけ十分じゃ」

「――っ!」


 下を向いたまま、大粒の涙を落として独白を続けようとする愛娘アドワーズの手をぎゅっと握り、ウェルングはその想いを噛み締めるように言葉を続ける。


「お前達がそこまでわしのことを想ってくれているとは思わなかった。わしはこんな親孝行者を二人も持つことができて、幸せじゃ」

「お父様……!」

「どうやら、一番腹を括れていなかったのはわしのようじゃ」


 そうしてウェルングは二人を交互に見やると、改めて決意を固めてこう言った。


「わしはお前達と一緒に、この平穏な隠居暮らしを守ってみせる! そしてわし自身の名で、鍛冶師として名を挙げてみせよう!」

「お父様……!」

「親父殿……!」

「……どうやら、話はまとまったようですな」

「まあ、何はともあれ一件落着と言った様子かな?」


 周囲からすれば単なる異種なる親子同士のいざこざにしか見えないし、確かにそうかもしれない。

 ――ウェルング子供魔剣の繋がり。彼らにとってその繋がりは確かに、親子の血の繋がりに等しいものだったに違いなかった。

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