第9話 仕事が楽しい!

「あちゃあ。大丈夫かなぁ」


 後ろをトコトコついてくるマシロを見ながら呟いてしまう。ミアが動物嫌いなのは知っていた。昔ウルフ系の魔物に襲われたことによるトラウマらしい。


 しかも、マシロはウルフ系。どうしたものか。もしかしたら家から追い出されるかもしれない。でも、俺が拾ってきてしまったんだ。責任を持って説得してみせよう。


「大丈夫だからな? マシロ」


「クルゥゥ」


 マシロは余裕そうに喉を鳴らす。気楽なのか、それとも俺だから大丈夫だという余裕なのか。それはわからないが。


 家の前まで来ると心臓が破裂しそうなくらい激しく動いている。なんだこれ? ミアに何か説得するなんてここ十数年なかったかもしれない。



「うっうんっ!」


 咳ばらいをしてゆっくりと玄関の扉を開けた。


「あっ! おかえりー」


「ただいまっ!」


「あぁぁ。無事に帰ってきてよかったわぁ。冒険者の奥さんってのは楽じゃないわね!」


 肩を叩かれて労ってくれた。その時に見えたのだろう。後ろに控えていた白いモフモフを。


「ウォッフ!」


 よろしくと言っているのかもしれないけど、ミアにはそれじゃあだめだぞ。もう少し自分の可愛さをアピールするんだ!


「えっ! なに? かわぁいいぃぃぃ」


 想像していた状態にはならず、俺を通り過ぎて真っすぐにマシロを目指してしゃがむと顔をもみくちゃに撫でまわしていた。


 もしかして、なんとかなった?


「あ、あぁ。ウルフ系苦手じゃないっけ?」


「昔の話でしょ? だって、バロンさんのところウルフ飼ってるのよ? すごく可愛いの! この子は目がクリクリしていて本当にかわいいわね!」


 バロンさんって、ミアの親戚の家だっけ。そうか。あそこのおじさんウルフ飼ってたんだっけ。飼うというより従魔としてなんだけどね。


 戦いに連れて行く相棒が従魔だから。厳密には、俺の方が正しい。


「よしよし。あなた、名前はもう決めたの?」


「あぁ。マシロで登録してきた」


「まぁ。可愛い名前! マシロですって! 男の子?」


 ん?

 そういえばコイツどっちだろう?


「確認してなかったわ」


「ちょっと! 確認しないで名前決めたの? 信じらんない!」


「忘れてたぁ。どれどれ?」


 マシロを抱きかかえると、ちゃんとついていた。


「あっ。男の子だ」


「よかったわねぇ。マシロ? ごめんねぇ。お父さんがぁ」


 唇を尖らせて怒っている様子のミア。

 そこまで怒らなくても。

 初めてのことが多くて戸惑っていたんだよ。うん。きっとそうだ。


「で? どうしてマシロを連れてきたの?」


「あぁ。それが、森の中を探索している時に足を怪我して歩いていてなぁ。本来は倒さないといけない対象なんだが、なんだかそういう気にならなくて……」


「当たり前よ! こんな可愛い子殺しちゃダメ!」


 その後の出来事は心配するから言わなくてもいいかと思ったけど、そうもいかなかった。


「なんで怪我していたのよ?」


「別の種類のブラックウルフってのに追われていたんだ。マシロは子供だから、もしかしたら親はもう……」


 目に涙を溜めてマシロに視線を合わせるミア。顔を撫で回すと抱きしめた。


「辛かったわね。私がちゃんと母親になるわ? いい? マシロ?」


「ウォフッ!」


 ちゃんと返事をしているところをみるとなんとなく意思疎通ができているのだろうか。


 突然鼻をヒクヒク動かしながら匂いを感じているようだ。ミアが作ってくれていた晩御飯に反応しているのだろう。


「ウォォンッ!」


 何やら訴えるように吠えている。


「もしかしてお腹空いてる? あなた、なにかあげたの?」


「あぁ。いや。何もあげてないな」


 ミアは背を向けると「まったく」と言って用意していたスープを底の浅い器へ盛ってマシロの前へ置いた。臭いをしきりに嗅いでいる。


「マシロ。どうぞ?」


「ウォフッ!」


 一心不乱に舌を出して飲んでいる。あっという間に飲み干してしまった。ミアは「あらあら。いっぱい食べるのね」と言うと用意していた肉を差し出した。


「肉食なのかしら?」


 肉を差し出すと立派な牙で噛みつくと前足を器用に使って小さくちぎりながら食べている。上手に食うもんだなぁと思いながら見ていると。


「マシロにあげたからあなたの分、ないわよ?」


「あ、あぁ。仕方ないな」


「ふふふっ。冗談よ。私がそんなに意地悪に見えるわけ? 半分こしましょ?」


 こういうお茶目な冗談を言うミアが俺は好きなんだ。若い頃からずっと好きで。猛アタックして結婚したんだから。


「子供達が独り立ちしちゃって、二人だけのこの家は少し寂しかったの。マシロが来てくれて丁度良かったわ」


「そう言ってくれてよかった。実は、ここに来るまでドキドキだったんだよ」


 テーブルに用意していた料理を出してくれて、席へと座った。


「私は、あなたの相談を無下にしたことないわよ? 冒険者だってそうでしょ?」


 そう言われれば、いつも俺のことを後押ししてくれていた。俺のすることに反対することなどなかったように思う。そんなことにも今気づくとは。


「そうだな。感謝しかないよ」


「どうだったの? 夢の冒険者、一日目は?」


「それがな、知らないことばかりだし。森は暗いし魔物には小バカにされて痛い目見るし。さんざんな一日だった。最後にはブラックウルフと死闘を繰り広げたりな……」


 俺はこの話をどんな顔をして話しているのかわかっていなかった。


 ミアは、話をずっと笑顔で聞いてくれていて。こんなに辛い出来事だったのに、なんで笑って聞いているんだろう?


「それで? 楽しかったの?」


 今思い返すと。森に入るときの胸が躍る感じ。魔物を倒せた時の達成感。依頼の品を手に入れることができた時の高揚感。


 あぁ。知らなかった。


「そうだな。これが楽しいってことなんだ。楽しかった! ハッハッハッ! 初めて仕事を楽しいと思えた」

 

 今までの道具屋は稼がなきゃならない。そのためにコスパ重視だし、利益をどうやったら出せるかを考えているような生活だった。


 利益が出せたら少しは気持ちが上がったが、楽しいと思うようなことはなかった。やらなきゃならないこと。そんな感じだった。


 それが、一回の冒険で今までの経験してきたものを全て上回るような楽しい体験だった。


「そうでしょうね。今までにないくらい無邪気な笑顔だもの」


「そうか?」


「えぇ。まだそんな笑顔ができるなんて、まだまだこれからが楽しみね? 惚れ直したわ?」


「ミア……」


 まだまだ俺たちの愛は深まる。


 これからの冒険者生活が楽しみでしょうがない。次はどんな依頼を受けようか。

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