第8話 なんとかなったが……

 このモフモフっ子をどうにかすることができてホッと胸を撫でおろしていた。今まで忘れていた背中の重みを思い出して籠をカウンターへ下ろした。


 キアラさんが顔を引きつらせている。


「ガルさん。それって、もしかして?」


「ん? これ? 薬草。いい状態で持ってきたからいい値段で売れると思うよ?」


 頬をヒクヒクさせながら、ため息をついている。


「一応聞くんですけど、何本あるんですか?」


「ん? わからん」


「ですよねぇ……」


 沢山採って来たから数えるのが大変ってことか。そんなの俺に取ったら朝飯前よ。もう夕飯前だけど、あっ、こんなんだからオヤジは嫌だって言われるんだよな。


「私、この後予定があって……はぁ……」


 デートか何かかな?

 それはまずい。

 

「残業はさせないよ。大丈夫。今俺数えるから」


「でも、それはギルド職員の仕事で……」


 顔が曇るキアラさん。初日から面倒な子とさせて申し訳なかったなぁ。ギルドにもそりゃもちろん何時まで働くっていう決まりがあるんだもんな。


「いいのいいの。どっか場所借りていい?」


「地下訓練場なら……。私も数えますよ……」


「見ていてくれればいいよ。俺が数えるから。道具屋やってたからな、得意なんだ」


 籠をもって白モフを引き連れて地下訓練場へと下りていく。


「おう。ガル。どうした?」


「ちょっと薬草取りすぎちゃって、数えるの時間かかるってんで俺が数えることにしたんです。キアラさんを怒らないでくださいね?」


 口をへの字にして「うーむ」とか言ってる。


「さっそく出して数えます。ちょっと広げますよぉ」


 ちょっと土がつくけど後で掃除しよう。

 採ってきた薬草を並べていき、十個ごとに並べる。

 こうすることで数えやすい。


 算術なんて中々できる人いないからな。俺もできないし。こうすれば数えやすいんだ。キアラさんも算術ができないから顔を曇らせたんだろう。


「ガル、これ全部今日採ったのか?」


「そうです。四十三個ですね。キアラさん、これで大丈夫ですか?」


 ローグさんはこの数に驚いていたのだと思う。目を見開いて唸っていた。


「はい! 大丈夫です! 早いですね! 私、数えていると途中でわからなくなるんですよ。こうすればわかりやすいですね! 勉強になりました!」


「はっはっはっ! それはよかったです。これで、デートに遅れませんね?」


 最後は小声で話した。ローグさんに聞こえたらまずいと思ったからだ。


 急に顔を赤くしたキアラさんは慌てて個数をメモすると。「そ、そんなんじゃありません!」と言って上へと走って行ってしまった。


「ガル。何を言ったんだ? あまり若いのをイジメるなよ?」


「い、いやぁ。この後予定あると言っていたので、デートへ遅れずにすみますねと言ったんですけど……」


「あのなぁ。そういうのはそっとしておくもんだぞ?」


 ローグさんは腕を組みながらそう注意した。あんまりミア以外の女性と話すことがないからなぁ。まいったなぁ。


「すみません。後で謝っておこう」


「まぁ、大丈夫だろう。今後気を付ければ」


「上に行ってみます」


 受付へ再度向かうと報酬が用意されていた。仕事が早いな。キアラさん。やっぱり早く帰りたいんだな?


「報酬をご用意しました」


「ありがとうございます。あの、さっきは変なこと言ってすみませんでした」


 頭を下げる。

 顔を上げると頬を膨らませてちょっと怒っている顔をしているキアラさん。


「ホントですよ。別にそんなんじゃないんです。女友達と遊びに行くだけですから。かん…………たら……し……」


「ん? 最後が聞こえませんでした」


「いいんです! 報酬、確認してください!」


 また顔を赤くして麻袋を渡してきた。一体何だというのだろう。最近の若い子ってのは難しいなぁ。


 中身を確認すると金貨が四枚、銀貨が二枚入っていた。四千二百ゴールドだったということだ。


「えっ? あれ、一株で千ゴールドもするんですか?」


「はい。鮮度がいいとのことで、回復薬を作ると効果がアップするみたいなんです」


「そこまでは知らなかった。よかった。ありがとうございます」


 また頭を下げると、今度は不思議そうな顔をしているキアラさん。


「なんでそんなに頭を下げるんですか? 冒険者の人って、もっと横暴で受付嬢なんてただの受付の人形みたいにしか思ってない人が多いのに……」


 下を向いて顔に影が差しているようだった。何か悩み事でもあるのかもしれないな。相談に乗ってあげたいけど「そういうのはそっとしておくもんだぞ?」というローグさんの助言が過ぎる。


「俺は、道具屋やっていたときにそういう対応をする人には、積極的に商品の良さを語ってました。そうすることで俺の意思で取り扱っている物だという意思表示ができる」


「それでも横暴な態度をとる人もいるじゃないですか……」


 俺はその質問に満面の笑みで答えてあげた。

 

「そういう奴には売らないんです」


「えっ⁉ でも、それで評判が落ちたら……」


「その時はその時です。それまでの店だったってこと。実際売らなかった人がいましたが、客足は絶えることがありませんでした。むしろ、後日謝罪されました。買わせて欲しいとね」


 目を見開いて驚くキアラさん。道具屋なんてこの街は他にもある。別の所で買えばいいと思うだろう。だが、俺の目利きで揃えている道具は壊れにくいし、使いやすいんだ。それをわかっている人が買いに来てくれる。


「なんか上から物を言うみたいで嫌なんですが、ちゃんといい仕事をしていればお客さんは離れて行かないんですよ。むしろ、他の人も巻き込んで来てくれる」


「なるほど。自分がいい仕事をすれば、おのずと結果が付いてくるということですね」


「そういうことです。年長者のたわごとですが、胸に留めてくれると嬉しいです」


 今のキアラさんの笑顔には、影がなかった。


「なんか、すごくスッキリしました! ガルさんと話してよかった!」


「はっはっはっ! そうですか? こんなオヤジの言葉が役に立ちましたか?」


「えぇ! とってもっ!」


 おっさんが若者の役に立てたのならよかった。


「あっ、これ首輪です。その子につけてあげてください。持ち主はガルさんで登録しておきます。名前はどうしますか?」


「えっ? 名前?」


「その子に付けてあげてくださいよ」


 この白いモフッ子に名前かぁ。

 抱きかかえて顔を見つめた。

 まん丸の目とウルフらしい高い鼻。

 凛々しい牙。


「ワフッ!」


「よしっ! 決めた。マシロにしよう」


「ワッフッ!」


 マシロも心なしか満足そうな顔をしている。


「可愛い名前ですね! よしっ。登録完了です! 私も、これで業務を終われます。ありがとうございました!」


「こちらこそ。では、また」


 マシロを従えてギルドを後にした。

 そして、ふと重大な事実に気づいた。

 ギルドはなんとかなったが、もう一人のミアという動物嫌いの難関な人物がいたということを。

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