③正体

「何を言って・・・・・・」


 こんなことになるなんて誰も予想していなかっただろう。だから、こんなことになってるんだから、と蓮也くんの呟きを聞きながら頭の隅で考える。


「変だとは思ってたんだよ」


 大分、昔から可笑しいと思っていた。同僚に「方凪蓮也」の話を聞いたときから変だと思っていた。


「内務局内では情報漏洩事件がここ最近、何件か起こってたし、サッカー選手の方凪蓮也の名前を最近、良く耳にしていたし」


 南叶市ではなくてしているプロサッカー選手の方凪蓮也の名前を、ね。


 その言葉に蓮也くんの動きが明らかにピシッと固まった。あからさまな反応にああ、これは手違いにも程がある書類ミスが原因でなったことか、とその様子を見て小さく呟く。


「それに君の言動も変だったし」


「俺の言動?」


 はっと正気を取り戻し、僕の次の言葉に反応した蓮也くんの声色に訝しんでいる気持ちが含まれているのが感じ取れた。


 そのことに気付いた僕は苦笑いを浮かべながら話を続ける。



 言ってしまえば僕は「内務局」というところに勤めており、その中でも珍しく所属部署がない職員だ。


 内務局は以前の内務省のようなもの。まあ、内務省のときよりも力は弱まってしまっているけれど。


 そして、僕は分かりやすく言えば所属部署がない官僚のような立場を得ている。実際は職員であって官僚ではないけれど。っていうか、所属がなくてもいいのか、本来。

 ま、好き勝手に仕事を選べるという点ではこの立場はとても有り難いことこの上ない。自分の予定に合わせて仕事の予定を組めるのだ。


 しかし、所属部署がないということは自分で自分に合った仕事を見極めなくてはいけない。基本、部下もいない。そして様々な部署からヘルプが来る、ということも同時に受け入れなければならない。


 要は有り難い立場だが、様々な苦労はしているのだ。しかし、決まりきった仕事がないからこそ時事の出来事に目をやる時間もあれば、身近で怒った事件についても調査ができるというわけだ。


 例えばそう、内務局の情報が外へ流失した事件、とか。



「そうだよ。だって、君、再会したときに「どうしてこの街にいるんだよ」って言ったじゃん」


 そう、彼はそう言った。言っていた。


「普通なら「いつ、戻ってきたんだ?」って言うと思わない?」


 本当に「方凪蓮也」がこの街に今、住んでいるのならば、ね。『蓮也』は話したがりだからさ、理由を訊くんじゃなくて、いつ何処をまず、訊くんだよ。そうじゃないかい、蓮也くん。君もそのくらいのこと、方凪蓮也なら気付けるはずだろう?


 そう言って紅茶の入ったカップを音が鳴らないよう静かに置く。彼の方をちらりと見ると彼は呆れたような視線を僕に送り、頭を押さえた。


「・・・・・・はあ。そこまで気付いてたとはな」


 そんな言葉が発された。


「お前のことだから何かしら勘付いてはいると思ってたけど、さすがにここまでバレてると完敗だな」


 どうやら僕の推理は合っていたようだった。


「・・・・・・いや、俺が調査書を風で飛ばしてお前が調査書を拾った時点でそれに確信するべきだったか」


 それはそうだろう。


 言っておくと彼にとっては大事な仕事の資料で誰かに見られでもしたら完全に即クビだ。それに政府機関でありながら、政府の意向に従う人が実は中々、少ない内務局の情報なんて貴重ものだ。


「それでさ、君は何処の誰?」


 話が一段落したところでそう尋ねると目の前にいる「方凪蓮也」と名乗った彼、即ち、はえっと声を漏らした。


「『蓮也』と話をさせてくれないかな」


 ニコリと笑う。


「君は彼に言われて「方凪蓮也」をしているんだろう」


 目の前の彼が今までにないくらい、大きく目を見開く。


 駄目じゃあないか、そんなあからさまに反応しちゃあ。『蓮也』はそんな反応しないよ。


「ねえ、『蓮也』、聞いてるんでしょ。君と話をしたいんだ」



 方凪蓮也



 『彼』は僕にとっての唯一無二の親友であり、決して「珈琲にシュガーを『二つも』入れない」男である。というか、『彼』は中学生のときから珈琲に何も入れないでブラック珈琲を飲む人物である。

 ちなみにもう一つ言っておくと、僕は彼のことを「蓮也くん」ではなく『蓮也』と呼ぶのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る