②情けない現状
「なぁ、海里。どうしてこの街にいるんだよ。遠くに行くとか言っていなかったっけ」
「言った。でもそれ、十年近く前の話だろ。それに僕は戻ってこないなんて言ってはいないよ~?」
僕の言葉に目の前にいる青年は気分を害したらしく、嫌そうに僕から視線を逸らして眉を潜めた。右手で持っていたシュガーを『二つ』入れた珈琲を飲んだ。
今、僕達は街中の一角のあったカフェでそれぞれが頼んでものを飲みながら、会話をしている。
その名前の人物は僕の地元である
そして、『一応』、その名前の人物であり、今、僕の目の前で珈琲を飲む彼の現住所は一応、南叶市である。
「あ~あ。そうかそうか。戻ってきちゃったか、あの
僕は彼のとても嫌そうな声をさらっと聞き流す。彼とは対照的に、仄かに温かみがある紅茶を飲む。熱すぎず、冷たすぎず、糖度も良い。その温かみは僕の心を落ち着かせてくれた。何に動揺していたのか、自分でもちゃんと分からないがとにかく、心が安らいだ。
珈琲を飲まないから、と言って僕は苦いものが苦手なわけではない。しかし、特にこれといった好き嫌いも存在しない。ただ、珈琲よりは紅茶の方がどちらかといえば、好きだなというだけの話。
そんな僕とは対照的に、『蓮也』は昔から甘いものが苦手で苦いものの方が好きらしく、紅茶よりは断然、珈琲の方を好んでいてよく飲んでいた。
多分、今もそうだろう。
「んで、今さっき飛んできた紙に書いてあったのって何?」
やることがなくなったので、紅茶が入っている真っ白なカップを小さく、前後左右に揺らす。
「は?」
「
蓮也くんには視線を向けずに尋ねる。カップの縁をピンッと指ではじく。そろそろ、言い合いばかりしていないで話し合いを進めた方がいいだろう。
彼の表情は見なくても分かった。きっと僕の顔をまじまじと見ながら目を見開き、驚いているはずだ。
まったく、面倒な関係になったものだ。『蓮也』と僕は。
彼──蓮也くん──は僕についてのことは何も知らない。僕は「彼」についてのことは何も知らない。それが正しい。
しかし、『蓮也』は僕についてのことをほとんどと言っていいほど、知っている。僕は『彼』──『蓮也』──についてのことは特にこれとしたことしか、知らない。
情けないことだが、それが現状だ。
情けなさ過ぎる現状に小さく、溜息をついてしまった。
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