第11話 大嫌いな貴族様

「……え?」


なかなか痛みが襲ってこず、テイルは恐る恐る目を開く。

テイルが目を開けて真っ先に入ってきた光景は、彼女を守るようにして魔獣の前に立ちふさがる、リオの姿であった。


だが、盾を構える時間はなかったらしく、リオは魔獣からの攻撃をもろに喰らっており、体中から血を滴らせていた。


「どう、して……?」


唖然としながらその場にへたり込むテイルをよそに、魔獣はもう一発、リオたちに向かって攻撃を仕掛けようとしてくる。


「――ッ! 二度も喰らうか!!」


威勢よくそう言いながら、ぼろぼろの体の前に盾を構え、テイルには頑なに使わなかったスキルを発動させ、魔獣を撃退する。


魔獣が砂のようにさらさらと消えていくのを最後まで確認したあと、リオは事切れたかのように、その場にパタリと倒れ込む。


「……意味が分からない。本気で自分に殺意を向けた相手を守るなんて」


呆れたようにそうつぶやきながら、テイルはにたりと口角を上げる。しかし、そんな彼女の瞳からは大粒の涙があふれ、時期にそれは、無数の小さなナイフとなり、テイルの頬や体を傷つける。


「あぁ、あぁあああああッ!!」


彼女の剣術は、騎士ですら敵わないといわれるほど優れているが、彼女は容易に騎士見習いを卒業できなかった。それは、テイルは気持ちが昂るとスキルが暴走し、周りの人間だけではなく、自分自身を酷く傷つけてしまうからである。


テイルのスキルが暴走した時、自分が誰よりも一番傷つくのは、無意識のうちにテイルは姉を守れなかった自分への断罪を望んでおり、誰よりも傷つくことを望んでいるからであろう。


許さないでほしい、愛してほしい、憎んでほしい、守ってほしい。


様々な感情がテイルの中を駆け巡りながら、彼女は自身の涙で、自分自身を傷つけ続ける。


「どうして貴様は……そんなにも優しいんだ――ッ!?」


攻める口調でテイルはそうリオに訴えかけながら、ポロポロと涙を流し続ける。

ずっと殺したかった。ルファイム家の奴らを殺すためにテイルはこれまで生きてきた。でも、目の前で自分を守ってくれて、目の前で自分のせいで大けがを負った。そんな者を見て気がおかしくならない人間など、そんなの人間ではない。


「私なら……テイルなら、死んでもよかったのに……!!」


駄々をこねる子供のようにそう言いながら、テイルはリオに訴えかける。


正直、魔獣から攻撃をもろに受けそうになった時、ようやくミリアの元へ行けると、テイルはどこかほっとした気持ちになっていた。その気になれば、魔獣の攻撃を避けることだってできたはずなのに、テイルは避けようともしなかった。


テイルの身勝手な思いが、リオの怪我へとつながったのだ。


(私がいなければ、こいつは怪我なんて負わなかった……!!)


どうすればいいのだろうか。いや、考えている暇などない。


そう考え、テイルは鈍く光る涙を流しながら、ゆっくりと立ち上がり、憎たらしくて仕方がなかったはずのリオのもとに近づく。


「――止まれッ!!!」


しかし、テイルがあと一歩のところまでリオに近づいた時、怒号のようなシオンの声がテイルの耳に届き、テイルはピタリと動きを止める。


「俺の仲間に……リオに何をしたッ!?」


そう荒々しく聞いてくるシオンの方を、テイルは彼にばれないように涙をぬぐいながら、ゆるく振り向き、にたりと笑う。


「見てわからないか? 貴様のお仲間様を、私が瀕死の状態まで追いやった。ただ、それまでだ!」


そのテイルの言葉を聞き、シオンは怒りに顔をゆがめるが、テイルの表情を見て、目を見開く。


テイルの頬には涙が伝っており、その涙は空中でナイフへと変わり、テイル自身を傷つけ続けていた。


「どういう……ことだ?」

「どうした? 仲間を傷つけた私が憎くないのか? 私を殺そうとしないのか?」


挑発するようにシオンに質問を投げるテイルを無視し、シオンは地面に倒れ込むリオに視線を移す。


彼女の手元には剣が握られている。テイルがリオを襲ったとしたら、リオの外傷は刃物によるものになるであろう。しかし、目先にいるリオの外傷は、炎か何かの魔法攻撃を受けたかのような傷であり、テイルではリオの受けている傷をつくることは不可能であろう。


「……君は、リオを傷つけてなどいないだろう?」


「何を言っているんだ? この場で貴様の仲間を傷つけられるのは、私しかいな……」

「――あぁ、そうだよ」


否定しようとしたテイルの言葉を遮りながらシオンの言葉を肯定するのは、目を覚まし、その場で上半身を起こしたリオであった。


「リオさん! もう起き上がっちゃって、大丈夫なんですか!?」


レイナの心配する声に、リオは「あぁ、俺は他よりも丈夫だからな」と返しながら、シオンと、そして、テイルを見据える。


「俺は魔獣に襲われそうになったテイルを庇ってケガを負った。でも、テイルを庇ったのはただの自己満足でしかねぇし、それでけがを負ったのも俺のへまだ。だから、テイルは何も悪かねぇよ」


事も無げにそう言うリオの言葉を聞き、テイルは軽く唇をかむ。


(なんで……なんで私を庇うんだ? なんで自分が傷ついてまで、自分を落としてまで、私を……!!)


「私を……恨めよ。そして、殺してくれよ……!!」


絶叫しながらテイルはその場に膝から崩れ落ち、彼女が手に持っていた剣が、音を立てながら地面に落ちる。


そんなテイルの様子を見て、シオンとレイナは息をのむが、リオだけはゆっくりと立ち上がり、テイルの元へ近づく。

そして、テイルのすぐ近くにある剣を手に取り、彼女の首元にスッと突き付ける。


「お前が望むなら、俺はお前を恨み、この場でお前の首を落とす。……でも、少しでも生きたいと、死にたくないと望むなら、俺は、お前を殺しはしない……さぁ、お前の本心はどっちだ?」


リオの発言に、テイルは切れ長の目をこれでもかというほど見開き、瞳に涙を溜める。


「わ、わたしは、私は――ッ!! 生きたいの! 生きてまた、お姉ちゃんに会いたいの!!」


そう叫ぶと、テイルの瞳からは大粒の涙が流れ落ち、まるで小さな子供のように泣きじゃくる。


テイルの涙はもう、自身を傷つける刃にはなっていなかった。

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