第12話 たとえ自分が傷ついても
「……俺な、ガキの頃の思い出って、何もねぇんだ」
ようやくテイルの涙が治まったころ。リオはその場にいたみんなにそう打ち明ける。
「え?」
リオの言葉に、その場にいた誰よりも驚いたテイルに罰が悪そうな笑みを向けながら、リオは自身のことを話しだす。
「俺の母親、生まれたときから病弱だったらしくてさ。俺を生んだ後、すぐに死んじまったらしくて。ルファイム家の従者からは、それが原因で親父は研究に没頭するようになったって聞かされてたんだ。俺を守るために魔族やら人間やらの研究をしてるって。ガキの頃の俺にとって、親父が世界の中心だった。親父の素行は普通なんだって、当たり前のようにそう思ってたし、俺の周りの人間は、そんな俺の考えを改めようともしなかった。そんな狂った親父が俺にかまってくれることなんて無くて、当時の俺はまるで機械のように、同じような日々を過ごしてたんだ。そんなつまんねぇ日々を覚えるなんてバカバカしい事、ガキの頃の俺にはできなかったんだ……だから、テイルみたいに俺らを恨む人間がいるなんて、いるなんて思わなかったし、知らなかったんだ……いや、知らなかったで済まされることじゃないってのは分かってる。本来ならば、お前が望むように、俺は死ぬべきなのかもしれない……でも、俺は死ぬわけにはいかないんだッ!!」
そこまで言い終えると、リオはテイルの手をガシッと掴む。
「俺の父親……ディフィッシュ・ルファイムは、二年前から行方不明なんだ。俺は、そんなクソ親父を探すために、家出をしてまで冒険者になったんだ……お前を危険な目に合わせたいわけじゃない。お前に俺のクソ親父を殺せと、そう言うつもりもない。でも、もしもお前がいまだ、親父のことを憎んでんなら、俺と一緒に来ないか?」
「へ?」
リオの突拍子のない言葉に唖然とするテイルだが、リオのまっすぐな瞳が、彼の突拍子のない発言が嘘やでたらめではないと物語る。
「……って、勝手に提案しちまったけど、大丈夫だよな?」
しかし、そこまで威風堂々と語っていたリオだったが、おどおどしながら背後を振り返り、彼の話を黙って聞いていたシオンとレイナに自信なさげにそう聞いてくる。
「……いいのか? テイルは、つい先ほどまでリオを本気で殺そうとしてたんだ。そんな簡単にテイルのことを許してパーティに勧誘するなんて……さすがに甘すぎないか?」
「私は別に、危害を加えられた張本人であるリオさんがそう言うのであればそれでいいですが……本当にそこの女性は、信用に値する人間なのですか?」
「……そうだ。そこの二人の言う通りだ。私は貴様を本気で殺そうとしたのだぞ? それに、貴様は私の過去をよく知ったわけではないだろ」
「……あぁ、もう!! つべこべうるさいな!!」
三人に詰め寄られたリオは、そう大声を出しながら、無理やりみんなを押し止める。
「別に俺は良いんだよ。甘くても、世間知らずでも。でも、困っている人を差し置いて、自分だけが幸せになるなんて、そんなの絶対に嫌なんだよ。たとえ自分が傷ついても……自分がその時その時に正しい行動をとれたって、そう思いたいんだよ! それで今! 俺はテイルをパーティに勧誘して、一緒に俺のクソ親父を探す。んで、見つけたら気が済むまで殴り続ける。それが、今の俺が”正しい”って思える行動なんだよ!!」
そう言い終え、三人を見据えながらリオはカラッとした笑みを浮かべる。
どこまでもお人好しで、物好きで。それでいて、誰よりも優しい笑みであった。
♢♢♢♢♢
「改めまして、私の名前はテイル・フェクトリ。スキルは剣生成だ。……私がしたことは決して許される行為ではない。私を信じてくれと言うつもりもない。ただ……君らの旅に、私も同行することも許してほしい」
そう告げるテイルの瞳には、精一杯の誠意がこもっており、その瞳に見つめられてもなお、テイルを拒むことができる生物などいないであろう。
「そう硬くならなくてもいいですよ! テイルちゃん!!」
「な!? テイルちゃん……だと!? 君はリオやシオンにはさん付けじゃないか! 何故、私だけちゃん付けなのだ!?」
「えぇ、だって、男の人にちゃん付けするのは変だし、なによりも、私がテイルちゃんをどう呼んだって私の勝手じゃないですか~! テイルちゃんも私のことはレイナちゃんって呼んでもいいですよ!」
「断る!!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ女子二人をしり目に、シオンはリオに、本当にいいのか、と言いたいかののような目線を送る。
そんなシオンの視線を受け、リオはまるで大丈夫だ、と言わんばかりに、笑いを浮かべながら深々と頷く。
その様子に、リオは本当にお人好しだなと思いながら、シオンは苦笑いを浮かべた。
(たとえ自分が傷ついても、か……。俺にはそんな考え方、一生できないんだろうな)
そう考えながらシオンはリオから視線を外し、目を細めながら虚空を見つめるのであった。
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