第10話 灰色の記憶

テイルたち姉妹は、生まれながらにして孤児であった。

それでも、テイルは姉――ミリアが、ミリアは妹――テイルがいれば、それでよかったのだ。


互いに寄り添いながら、飢えに耐え、寒さに耐え、暑さに耐えた。雨に打たれたって、風に吹かれたって、隣にある温もりがあれば、姉妹はそれだけでよかった。


でも、いつからだろうか。テイルのスキルが発動するようになったのは。


『お姉ちゃん、あのね、テイル、手からナイフが出てきて……』

『ナイフ!? どこからそんなもの……って、違う。そんなことよりも、怪我はない?』

『うん、大丈夫だよ。……でも、テイル、変なのかな……?』

『変なんかじゃないよ! どんなことがあってもテイルはテイルだし……でも、さすがに手からナイフは危ないわよ……ね』


姉妹はずっと二人で生活していたこともあり、知識がなく、テイルの訴える、摩訶不思議な現象が何なのか、二人だけでは突き止めることができなかった。だから、誰かに頼るほかなかったのだ。


『なるほど。テイルのその症状は、おそらく”スキル”が発動したのじゃろう。いやしかし珍しい。こんな幼いころから、使いようによっては強力なスキルとなる

剣生成が使えるとは……』


姉妹は互いの手をギュッと固く握りしめながら、とある老人の話を聞いていた。


この老人は、姉妹も身元はよくわかっていないが、たびたび彼女らに食料を与えてくれる存在であり、姉妹が頼れる唯一の大人であった。


『スキルって……剣生成ってなに?』


恐る恐る、ミリアがテイルのために老人にそう尋ねると、老人は目を細めながらゆっくりと語り始める。


『スキルとは、世界中のありとあらゆる生物が生まれながらにして有している能力であり、一部のものからは女神の加護、とも呼ばれている。スキルには当たり外れがあるが、テイルの能力は使用者によっては最強の能力にも、最弱の能力にもなりゆる能力じゃ。剣生成は、この世界に存在するありとあらゆるエネルギーや、物体・物質を剣に変えることができるのじゃ』

『でも、テイルが作ったのであろう物はナイフでしたよ?』

『初めはナイフなどの小さい刃物しか生成できないが、歳や経験を積めば、大小さまざまな刃物を生成することが可能であろう。……そういえば、わしの知人に強力なスキルを持つ子を探している者がおったのぉ……どうだ? テイルをわしの知人に紹介するのはどうじゃ?』

『え、でも……』

『大丈夫。わしの知人は穏やかで優しい人じゃ。それに、その知人は公爵貴族なんじゃ。公爵貴族の元に保護されれば、テイルは生涯、安全な所で生活できるぞ』


老人の一言に、ミリアの喉がごくりとなる。


ミリアは内心、どんどんやせ細っていくテイルを見て心を痛め、自分の元よりも安全な所で暮らしてほしいと思ったのだ。しかし、テイルは……。


『いやだ』


老人の提案を、きっぱりと断っていた。


『テイル!?』


ミリアにとって願ってもみない提案だったが、テイルは違う。


『だって、どれだけ安全な場所だったとしても、お姉ちゃんがいなきゃ、テイル、嫌なんだもん。テイル一人だけが安全な所に行くなんて、そんなの、いやだ!!』


テイルのはっきりとした意思に、ミリアは焦り、老人は小さくため息をつく。


『でも、私はテイルに幸せになってほしくて……!』


『――ならば、テイルよ。二人一緒に、わしの知人の元に行くっていうのはどうだ?』


その提案に、姉妹は二人同時に、老人の方へ顔を向ける。


『いいんですか……!?』

『あぁ。その代わり、わしの知人の言うことをよく聞くのじゃぞ?』


『はい!』

『うん!』


笑いながら老人の言葉にそう返事をする姉妹。

この選択が正解なのか間違っていたかなんて、今となっては確かめようがなかった。


♢♢♢♢♢


その後、老人の知人の元に保護された姉妹に待っていたのは、地獄の日々であった。


食事も出る、安全な場所もある、何よりも、前と何ら変わらず、姉妹二人、同じ場所で生活することができる。でも、ミリアとテイルが二人きりで入れる時間は、ほとんど無いに等しかった。


テイルは、昼間は老人の知人が用意した、スキルを使いこなせるようになるための、血反吐をはくような試練を受け、夜間は人や魔族を殺すのにためらいが出ないように、人殺しを強要された。


『いやだ、いやだいやだいやだ、嫌だ――ッ!!』


そう叫んでも、狂いそうになっても、姉であるミリアを人質に取られたテイルは、誰にも抗うことができなかった。安全なんかではない。誰もテイルを同じ人間なんかとして扱わない。しかも、試練も人殺しも、いつも危険と隣り合わせであった。ある日は右目をつぶされ、ある日は左手を引き裂かれた。ある日は肺を撃ち抜かれ、ある日は頭を握り潰された。ある日は、ある日は、ある日は、ある日は……。



どれだけテイルが瀕死の状態になっても、死ぬことは許されなかった。テイルたちを引き取ったのは、公爵貴族。貴族の地位と権力で、国から集めたヒーラーたちにテイルの傷を癒させ、翌日には何事もなかったかのように試練や殺人をテイルに強要した。


その公爵貴族が、ルファイム公爵家領主であり、自身と同い年ぐらいの息子がいると知ったのは、それから数年が経過したころであった。



地獄のような日々を繰り返していると、ある日、ふとテイルは視線を感じ、その視線の先に目を向けると、赤髪の少年がつまらなそうにこちらを見ているのに気が付いたのだ。


あいつの息子だと、テイルはすぐにわかった。顔立ちも、髪色も、すべてがあいつと同じであったからだ。


『憎い』


しょせん、蛙の子は蛙である。あいつの息子もまた、テイルが傷つくのを、止めるでもなくただ傍観するだけなのだ。そんなの、テイルでなくても憎たらしくて仕方がないのであろう。


そして、テイルのことをただ黙って傍観しているのは、あいつや、あいつの息子だけではなかった。


公爵貴族であるルファイム家の屋敷には、多くの貴族が訪れる。そのすべての貴族が、テイルのことを見て見ぬふりをし、テイルの異議を唱える者はいなかった。


何度も何度も死にたいと思った。それでも、姉を人質に取られたテイルが、自身の命を絶つことなんてできなかった。あいつからも、『君が自分の意思で死ぬことは許さない』と、そう言われた。はるか昔、テイルの周りには彼女と同じ境遇の子供たちが沢山いた。でも、テイル以外の全員が、地獄の日々を少し体験しただけですぐに狂い、自ら命を絶った。テイルだけが、ルファイム公爵家の実験で生き残った、いわば成功作であった。



『――ねぇ、テイル。人口の魔獣って知ってる?』


ある日、テイルがいつも通り試練をこなしていると、あいつからそう声を掛けられた。


『知りません』

『そうか。なら、ついておいで』


テイルの回答を聞き、気味悪く笑ったあいつを見て、とてつもなく嫌な予感がしたのを、テイルは今でもよく覚えていた。



『ほら、この子が人口の魔獣。美しい白銀の髪を持つ少女と、スカイブルーの瞳を持つ、狼型の魔獣。それらを合わせたら、こんなにも美しい魔獣が生まれたんだ!』


向かった研究室の先で、嬉々としてそう語るあいつの横で、テイルは必死に吐き気をこらえていた。

目の前にいる魔獣が持つ白銀の毛。それは、間違えることなんてできない、大切な姉と同じものであった。


姉は、魔獣となった。美しい毛と瞳を持つ、ただ、人を襲うことしか考えられない、醜い魔獣へと。



そこからのことはよく覚えていない。けれど、ルファイム家の者は誰も殺せず、関係のない人ばかりを巻き込んだことだけは覚えている。


あいつはおそらく、テイルが暴走するのを分かっていて、研究にミリアを使い、テイルにミリアのなれはての姿を見せたのだ。


この時、テイルは10歳。テイルたちがルファイム家に来てから、4年後の出来事であった。



それからテイルはずっと、ルファイム家や貴族への憎しみだけで生きていた。

ルファイム家は一族総出で引っ越しを行い、テイルが知る屋敷には、もう誰もいなかった。


それでもテイルは諦めず、必死にルファイム家の情報を集めた。その過程で、より効率よく情報が集められるよう、騎士を志すふりをして、騎士見習いとなった。だが、なかなか情報はつかめない。けれど唯一、テイルはルファイム家の一人息子が家出をし、冒険者になったという噂を掴んだ。


半信半疑だった。正直、たかが噂話だと思いながらも、テイルは立派な騎士になるためと装い、ギルド・アパタイトに加入した。


その後、とあるダンジョンから出ていくあいつの息子を見たときは、心臓が飛び出るかと思った。


ようやく六年越しの復讐が果たせると、テイルはそう確信し、あいつの息子の――リオの後をつけたのである。

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