第50話
「カチャッ」
鍵が回り、私は家のドアを押し開けた。浴室の方からは、「サーッ」という水音が聞こえてくる。
「葵?」浴室から神宮寺の声がした。
「うん、私よ」靴を履き替えながら、そう返事をした。
「今日は随分早いね?」その声には少し驚きが混じっていた。
「うん。店長が早番で帰していいって」私はリビングまで歩き、ソファに座ると、ふっと長い息をついた。
スマホを手に取り、何となくスクロールしていると、浴室の水音が止んだ。しばらくして、浴室のドアが開いた。
神宮寺綾がバスタオル一枚に身を包んで現れた。濡れた黒髪が彼女の首筋や鎖骨に絡みつき、拭ききれなかった水滴が身体の美しい曲線を伝わり、タオルの端へと消えていく。
彼女はタオルを手に、髪先を拭きながら、温かく湿った湯気をまとって私に近づいてきた。
「どうだった?楽しかった?」私の前に立ち止まり、そう尋ねた。
「楽しかった……?」私は彼女を見上げ、素直に頷くと、続けて言葉を足した。「でも、綾も一緒だったら、もっと楽しかったのに」
彼女は軽く笑い、人差し指を伸ばして、程よい力加減で私の額をツンと突いた。「欲張り」そう言うと、ごく自然に私の隣に座り、手にしたタオルを差し出した。
私はタオルを受け取り、彼女の髪を拭き始めた。
「ねえ、今日さ、美咲たちとお化け屋敷行ったんだけど……」私は今日の出来事を生き生きと話し始めた。お化け屋敷で佐藤美咲がキャーッと叫んで私にしがみついたことから、メイド喫茶での同級生たちの不器用なコスチュームまで、細かく描写した。そして、こぢんまりと包装されたケーキの箱を指さして、「あのケーキ、隣のクラスの出店なんだけど、すごく美味しいんだよ。あとで食べてみて」と伝えた。
続けて、ポケットからあの二つの可愛らしいお化けのストラップを取り出し、彼女の目の前でひらひらと揺らした。「見て、これ携帯に付けられるんだよ。可愛いでしょ?」
神宮寺は静かに話を聞き、時折「ふん」と鼻を鳴らして応えるだけだった。
彼女の髪を拭き終え、タオルを下ろすと、私は言った。「それじゃあ……私もお風呂入ってくるね」
「行ってらっしゃい」彼女はテーブルの上のケーキを手に取り、包装を解き始めた。
浴室に入ると、温かく湿った空気が顔にまとわりついた。服を脱ぎ、洗濯かごに放り込もうとした時、かごにはすでに神宮寺の脱ぎ捨てられた服が入っているのに気づいた。
「やっぱり出かけてたんだ……」心の中で呟いた。彼女の言う「静養」なんて、彼女を閉じ込めておけるわけがないらしい。
さっとシャワーを浴び終えると、私はいつものように、無意識に私と彼女の服を手に取り、手洗いしようとした。しかし、彼女の上着を手に取ったその時、絶対に聞き覚えのない香りが、不意に私の鼻腔を襲った。
彼女が普段使っているどの香水、ボディソープ、洗剤の香りとも違う。
私はほとんど反射的に、その服を鼻先に持ち上げ、深く、注意深く嗅いだ。
間違いない。この香りだ。彼女の身からこれまで嗅いだことのない香り。
胸に渦巻く疑念を必死で押し殺し、私は機械的、麻痺したように全ての服を洗い終えた。洗濯物を入れたバスケットを抱え、干すためにベランダへ向かう。
リビングを通り過ぎると、神宮寺がソファに座り、一口ずつケーキを味わっているのが見えた。
服を干し終え、リビングに戻ると、私は何気なく彼女の隣に座り、声をできるだけ平静に保とうと努めて尋ねた。「今日……出かけたの?」
神宮寺は顔を上げ、ケーキのクリームをスプーンでそぎ取りながら、ごく自然にうなずいた。「うん。家にいてちょっと退屈で、近所のショッピングモールをぶらついてきた」少し間を置き、付け加えた。「新しい香水と、ちょっとした化粧品を買って」
そう言うと、彼女はケーキを置き、立ち上がって寝室に入ると、すぐに精巧にできた、リボンのかかった小さな紙袋を持って戻ってきた。
彼女はその袋を私に差し出した。「ほら、これよ。葵、嗅いでみて。この香り、どう?」
私は紙袋を受け取り、中からシンプルなデザインのガラスの香水瓶を取り出した。
プシュッと噴射ボタンを押す。
やっぱり……さっき彼女の服についていた香りと、まったく同じだった。
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