第11話 このままの方が全員得でしょ?

「え? 高校に行って何か楽しいことがあるの?」

「えっ」

「そりゃお前みたいにスケベ男の脳味噌で女子高に行ったら楽しいかもしれないけどさ。

女が女の脳味噌で高校に行っても、なにも楽しいことないよ。

女の友達付き合いってほんとめんどくさくて、

グループでトイレに行く文化とか、かったるいし!」

俺は待つことになっても、舞華ちゃんや小夜里ちゃんが今トイレしてると思うと興奮するんだけどなあ。

ってこれ、それこそ変態男の脳味噌か。

「舞華ちゃんと小夜里ちゃん……好きじゃないの?」

「同じぐらい可愛い娘と居た方が合コンが捗るから一緒にいただけで、好きじゃないよ。

向こうだってそんなもんでしょ。

それに、勉強は知ってることばっかりで退屈で、なのに先生は偉そうだし!

能力関係なく、好きなだけ稼ぐ暇はないし!」

さすが天才……

「制服はみんなを同じに見せるから、

美人でスタイル良くても際立たないからつまんないし!」

それはどうなんだろう?

俺には、同じ服だからこそ顔やスタイルの違いが目につくように思えるけど。

「そのくせ半端にスカートだから痴漢には遭うし!」

それは素直に気の毒……

「しかも、制服って気軽に洗えないし高くて買い置きない人が多いから、

みんな結構汚いし!」

そんなこと、考えたことなかったな……

「やたら受験受験せっつかれて息苦しいし!

ちゃんと勉強や宿題やったって、やらない奴の巻き添えで怒られるし!」

それはあったなあ……

「自我はかなり出てくる歳なのに、親の奴隷みたいな立場で、

上品にしろだの夜遊びするなだの言われるし!

それにひきかえ、今は最高だよ。

今までと同じ素行でも誰もうるさく言ってこないしね!」

たしかに佳麗さんの言動って、女子高生だったらかなり問題だけど、

大人の男なら『ちゃらい奴』ぐらいで済まされるのかも……

自活できる能力はあるのに制限かけられたら、そりゃ不公平に感じるか……


「月3日ほどの腹痛がなくて、体力があるって最高だねえ」

そういえば俺の体、ちょっと幼児体型を脱して、筋肉がついた気がする……!

「カルーアミルクやチューハイやカシスオレンジっておいしいね!」

あっ、大人の体だから問題ないのか……しかし、選ぶお酒がかわいいな。

「車って本当に便利だねえ!」

おいおい、俺の免許だけあっても、教習所に行ってないのに大丈夫なのか。

まあ、天才だから大丈夫なんだろうなあ……

「ほんとに元に戻りたい理由がどこにも見つからないね、あーっはっはっはっ!」

佳麗さんは本当に楽しそうに笑っていた。

俺が俺だった時は……こうも心から笑ったことなんて、いつまで遡るだろうか。

俺って、佳麗さんみたいな人に比べたら、なんて恵まれてないんだって思ってたけど、

俺にも見た目関連とか、努力不足としか言いようがない部分もあって、

彼女から見たら、俺こそ恵まれてたんだな……

俺が俺のままだったら、この身体を、立場を、こんなに有効に使いこなせないな……

こんなに人生を謳歌できないな。


俺のこんな思いを見透かしたかのように、佳麗さんは言った。

「女好きのお前だって今、楽しい思いをしてるんだろう?

だって、ピロートークでその身体になりたいって言ってたもんね?

で、お前には、清楚な見た目の娘は真面目だって幻想があるから、

俺が中身だった時より良い子にしてるんだろう?

だったら今の状況の方が、全員得するわけじゃん。

やっぱり戻る必要ないよね?」

たしかにその方が……平和ではあるし二人とも幸せなのかもしれない。

可愛くて無防備な女の子がすぐ近くにいるという甘美な環境は、

やはり俺の後ろ髪を強く引く。


でも……

「やっぱり駄目だなあ。

たしかにいい思いはしたけど、それはお互い様。

こうしてきみを見つけた以上は、元に戻ってもらうよ。

きみにはまだ精神年齢的に、大人の自由の全てを味わう権利がないからね」

「なにいっ?」

「どんなに自活能力があっても、舞華ちゃんと小夜里ちゃんの友達甲斐がわからなくて、

学校の楽しみ方も知らないようじゃ、まだまだ」

「だからあ、それは女の色香に頭やられた男の感性で

可愛い友達最高〜学校楽しい〜って思えてるだけだろ」


「そんなことはないっ!」

思わず大声が出ていた。

「あの二人はなあ、俺が男と合コンしたくない、

記憶がないから遊ばず受験勉強に専念したいって言ったら

俺の為を思って快く受け入れてくれたんだぞ、利害だけの関係なんかじゃない!」

「えっ」

「それに、佳麗さんが嫌ってそうな先生や、洲渕亜美と浜添千歌の二人だって、

こっちさえ真面目にしてれば、結構話せる相手なんだぞ」

「そんなバカな……」

「そう思えないのは、佳麗さんの態度が悪くて、目が偏見で曇っているからだよ。

そんなに視野の狭い人間は、もう少し学生をやるべきだね」

「嫌だ、戻りたくない!

だって、今戻ったら、お前はリストラされて何も無かった所に

俺の築いた金と、この部屋と、仕事上の信頼が手に入るけど、

俺が戻ったって、俺が欲しいものは何も増えてないなんて! 不公平だ!」

うっ、それは確かに……

「よし、わかった。

本当は今すぐ戻って、高校生活に楽しみを見出してもらいたかったけど、仕方ない。


きみの辛いものの一つ、受験を肩代わりしてあげよう。

そのかわり、俺が受かったら元に戻って、その大学に行くんだぞ」

「えっ!

……い、いやいや、俺は元々、頭いいんだぞ。

偏差値60には受かってもらわないと……」

「よし、引き受けた!」

「えっ……お前もしかして、そう見えて勉強はできるの……?」

「ううん、偏差値は50より下」

「なあんだ! じゃあ絶対無理じゃん! いいよ、約束するよ、あはははは!

受からなかったら戻らないからね!」

「言ったな〜? 絶対にやってやる」


「江波さん、よくぞ言ってくださいました!」

お母様が感激の面持ちで俺の手を握った。

「こんな娘は何としても元に戻して再教育せねばと思っていたのですが、

江波さんにも入れ替わったままがいいと仰られていたら、八方塞がりでしたよ!

快楽に流されず佳麗の将来を考えられるあなたこそ、まさに大人にふさわしい!」

「え、えへへ……」

なんか照れるな。

大人にふさわしいなんて言われたの、初めてだ……

「佳麗のことは心配しないでくださいね。

ちゃんと身体をあなたに返すまでは、私達がここで暮らして、

逃げ出さないように見張っておきますから」

「げえーっ」

「うるさい、あんたはどうせ帰ってくる気はないんでしょ。

なら、在宅ワーカーなんだからずっとここにいなさい!

出かける時は必ずお父さんかお母さんがついていきますからね!」

お母様が専業主婦だと、本当に24時間見張れるから強いな。

「あっ、あのっ、そうなると俺は……」

「あっ……そうか、江波さんのご両親がこんな話を信じて、

佳麗の姿をした江波さんを引き取ってくれるわけ、ないわよね……

よし、勉強も教えなきゃいけないし、江波さんもここで一緒に暮らしましょう!」

そうか、血の繋がってない若い男女が一緒に暮らすことにはなるけど、

ご両親からすれば寧ろ、俺と佳麗さんがそういう関係になれば

元に戻る時期が早まるだけだから、寧ろウェルカムなんだ。

「そうですね、ちょっと学校遠くなりますけど、これぐらいなら許容範囲です!」

「ええーっ……」

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