第7話 問題児の尻拭い人生

「ただいまー」

「おかえり。まーた男の子と遊んできたんじゃないでしょうね?」

「まさか! 舞華と小夜里とカラオケだよ!」

「ふーん……まあ、夜ってわけじゃないから、いいけどね……」

男達にキレられたから、夜にならなかったようなもんだけどね……


「まあ、宿題だけでもちゃんとやりなさいよ、受験生なんだからね」

げっ……受験生!

あの地獄を人生で二度味わうのか、俺!

「あっ、あのぅ……私って元々、どのレベル……」

「偏差値65は堅かったわ」

お母様はため息をつきながら言った。

「ま、マジで……」

「でもまあ、本当に記憶なくしたんだったら、仕方ないから。

偏差値50に受かればまあいいって、お父さんも言ってたわ」

記憶なくしても地頭は佳麗さんなら、

あと1年弱あればそれぐらいはいけると思って、お父様はそう言ったんだろうけど……

偏差値50だって俺よりレベル高いんですけどおおお!

でも、偏差値を15も下げざるを得なくなったお父様の気持ちを考えると、俺は胸が痛くなった。

お、俺も頑張ってはみるけどさ……

佳麗さん、早く戻ってきてくれえええ!


「さてと、宿題、宿題……」

うわっ、今の高校にもまだこれあんのかよ。

教科書数ページ分の動詞・助詞・形容詞・形容動詞を

品詞分解する古文の宿題、まじめんどくせー。

これだけで1時間かかるとか、頼むから他の勉強もさせてくれ。


それでも、清楚アイドル女優系女子は宿題は完璧に終わらせてナンボ。

そう思うと、他の宿題も含めて深夜までかかりつつも最後まで頑張れた。

なのに、次の日学校に行ったら、

「お前らは最近、宿題もやらずにたるんでいる!」

と、先生に十把一絡げで怒鳴られた。

ちゃんとやってる奴には怒鳴られ損じゃないか、やってらんねえぜ。

会社でもよく怒鳴られてはいたが、女の子の体は耳がいいから、一際きつかった。


「さて、今日のLHRは、来月の体育祭のことを決めます」

たしかにうちの高校も6月だったな。

「まずは種目決めです」

俺は舞華ちゃん小夜里ちゃんと結託して、

玉入れ、綱引きといった目立たない種目に滑り込んだ。

ふう、これで一安心……


「次は応援合戦の団長を1人、チアリーダーを2人決めます」

うわっ、これ、めっちゃめんどくさいやつじゃん。

俺も身に覚えがあるが、これぞまさに引き受けたが最後。

振り付けを自分達で考えて、クラスのみんなに教えなきゃならない上に、

その他大勢と違う派手な衣装は自分で手作りで、昼休みと放課後がだいぶ消える。

これから猛勉強したいのに、そんなことを押し付けられている場合ではないと、俺はダンマリを決め込んだ。

しかし、それは他のみんなも同じこと。

教室は波を打ったように静かになった。


沈黙を破ったのは洲渕亜美だった。

「ねえ、やっぱりさ、こういうのは暇な人がやるべきじゃなーい?」

浜添千歌も尻馬に乗る。

「だよねー、となるとやっぱり、部活してないビッチトリオじゃなーい?」

あ、明らかに俺たちのこと指してるな……な、なんつう言われようだ……


「ちょ、ちょっと待ってよ! 部活やってないトリオなら、あの三人もじゃん!」

小夜里ちゃんが大人しそうな女子三人組を指差して言った。

「あの娘たちは勉強頑張ってるからいいのよ」

お、俺だって昨日、勉強頑張ったのに……

佳麗さんを含むこのトリオは、普段は勉強せず遊んでばかりなのかよ。

なのに偏差値65とは、佳麗さんて天才なのか。

しかし、大人しそうな娘でも勉強頑張っていたら虐めないで、

気が強くて頭が良くてイケイケでも性格や素行が気に入らないから佳麗さんを虐める

亜美と千歌って、いじめっ子には違いないけど、

ある意味一本筋が通っていて、自分の正義はちゃんと持っているのかも……


「じゃ、じゃあさ、佳麗だけでも見逃してあげてよ!

記憶なくして、これから勉強頑張らなきゃいけないんだからさ!」

舞華ちゃん……小夜里ちゃん……

たとえ男好きで遊び人でも、君たちは本当にいい友達だ。

「えーっ、でもさあ、やっぱり綺麗な人がやった方がいいじゃーん」

「ええええええ? 私の机にブスって掘っておいて、本気ですか?」

煽りではなく、俺は素でこう返していた。

「だったら、あんただって言ってたじゃん。

『ビッチって言うけどさ、男に相手されない奴らが僻んでるだけだよねー』って。

その理論だと、男に相手にされまくってるあんたは超絶美人って、

自分で認めてることになるよね!」

お、『俺は』言ってないんだけどね……

しかし、こんな時だけ佳麗さんを美人認定するなんて、とんだ調子のいい奴らだ!


「せんせー、先生も浦沢さんが団長だったら、絵面が締まっていいと思いますよね?」

「うーん、そうだなあ……」

うわっ、チアならまだしも、団長にご推薦かよ。

先生まで巻き込むとは、気の強い女子の空気を作る能力は恐ろしい。


しかし、ここで負けるわけにはいかない。

「私、絶対嫌です!」

「浦沼あ、ここまで褒められて乞われたら、断るのは無粋だと思わないか」

おいおい、これは明らかに自分たちが責任から逃げて、

嫌な奴に苦行を押し付けるための誉め殺しじゃないかい。

「無粋と言われようがどんだけ侮辱されようが、やりません!」

「お前なあ、部活もやらず今まで散々夜遊びで呼び出しくらってたんだから、こんな時ぐらい役に立ちなさいよ。

先生は今まで何度も、退学でもおかしくないところを、成績がいいからと庇ってきたんだからな」

うわ……マジか。

佳麗さんてそこまで素行悪いんだ。

俺がやったことではないのに佳麗さんの尻拭いをするのかと思うと腹が立つが、

これからは夜遊びはするつもりはないとはいえ成績は落ちるだろうし、

先生は庇ったことを後悔して、昔のことをほじくり返して佳麗さんを退学にするかもしれない。

そうなったらさすがに、戻った時に佳麗さんに悪いし、戻らなかったとしても俺の居場所がなくなる。

ここはひとつ……先生に恩を売っておくべき……

「わかりました……やります……」

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