レッスン編
第8話 天原輝
早速Shiny Prismの初レッスンだ!
とはいえ大門寺プロダクションのレッスン室は名前だけの狭い部屋だから、都内のレッスンスタジオで行う。
大門寺社長の人脈が揃った分厚いファイルの中から、社長のおすすめスタンプが押されたスタジオ《すたじお・るみーえる》で予約をしたのだが……。
都内にある雑居ビルの2階でトラブルが起きた。
ショートカットの黒髪を外ハネにして、タンクトップにピッチリした黒いパンツスタイルの店長、ルミさんが申し訳なさそうにやってきた。
「本当に申し訳ありません! 別のお客がレッスンの時間をどうしても延長したいと言われまして! もう少し待っていただけませんか!?」
深々と頭を下げられてしまった。
「えぇ! 他は空いてないんですか?」
「すみません……全部埋まっていて、あと30分で空きます!」
まぁ30分くらいなら待てるか……。
スタジオの通路にあるソファで待つことになった。
今日は彼女たちの実力をダンストレーナーに見てもらうという流れなのだが、早速躓いてしまった。
後ろがいるって分かっていながら延長を了承したってことは、もしかすると延長料とは別にチップを渡されて断れなくなったとか? それかかなり厄介な客なのかもしれない。
待っている間、虹川さんは学生カバンから透明なフィルムで包装したサイン色紙を取り出す。
キラキラと憧れの眼差しを、色紙に向ける。
「そのサイン、
サインを見ただけで硝子堂さんは誰か分かったようだ。
虹川さんの眩しい笑顔が返ってくると、硝子堂さんは視線を逸らした。
「うん! デパートのイベントで書いてもらったわたしの宝物! もしかして玲奈ちゃんも観てた?」
「いいえ、知り合いの家に飾られていたから……もう10年も前でしょ?」
10年前か……テレビなんか観てる暇もなく就活とバイトに明け暮れてたなぁ。
「テレビで聞いたことあるかもー、この人?」
画像検索でもしたのか、リアはスマホを虹川さんに向ける。
「そう! 可愛いし、歌もダンスも上手で、それにくわえてバラエティーにもよく呼ばれてたんだぁ」
それとなく俺も、自分のスマホで検索してみると、当時の画像がたくさん出てきた。
ボブヘアに鋭く大きな瞳、ひらひらのアイドル衣装を着こなすスタイルの良さ。エメラルドのような輝きを放つ魅力的な笑顔をカメラに向かって振りまいている。
綺麗と可愛さを両立した透明感ある存在。
まさしくアイドルと呼ぶに相応しい。
「突然の延長ありがとうございます」
顔を上げれば、ルミさんに軽く頭を下げているスーツ姿の女性が立っていた。
背中越しで顔は分からないが、声色は爽やかながら鋭い。
女性の後ろにはペコリと真似をするように頭を下げる、黒いTシャツとジャージを着た少女が3人。
「いえいえ、こちらこそいつもありがとうございます」
ルミさんの表情は硬い。俺たちにまで緊張が伝わってくるほどだ。
くるりと振り返った女性と目が合った。
「あっ」
思わず、スマホと女性を見比べてしまう。
遅れて虹川さんがこちらに歩み寄る女性を見て、目を丸くさせた。
ソファが後退する勢いで立ち上がる。
「あぁ!? あ、あま……天原輝ちゃん!?」
硝子堂さんとリアも、さすがに驚きのあまり立ち上がった。
俺も内心ビックリしてしまったが、ここはビシッと延長について言っておかないと……。
「あの――」
「貴重なレッスン時間を押す形になってしまい、たいへん申し訳ありませんでした。わたくし、黒羽プロモーションでプロデューサーを務める天原輝と申します」
サッと名刺を差し出され、つい反射的に受け取ってしまう。
黒羽プロモーションって……国内外で活躍する映画俳優とアーティストが所属してる大きな芸能事務所じゃないか!
「ご、ご丁寧にありがとうございます……えーと名刺」
「大門寺プロダクション、でしたね?」
天原さんは少し声を落とす。
「は、はい。ご存知でしたか」
「もちろんです。あら、その色紙」
虹川さんが抱きしめているサイン色紙に目がいき、天原さんは爽やかに微笑みを向けた。
全身がガチガチになっている虹川さんは、ぎこちない頷きを返す。
そりゃ憧れの人が目の前にいたら固まる。
ほとんど知らない俺でさえ、自信に満ち溢れた天原さんのオーラに圧倒されて、喉が渇いてしまう。
「え、えと、近所のデパートでっサイン貰いました! わたし、ずっとテレビで観ていて、天原さんみたいに笑顔を届けるアイドルになりたくて!」
顔を真っ赤にした彼女を見て、天原さんの背後にいる少女3人がクスクスと笑う。
どこか胸に引っ掛かるような、微笑ましさがない子たちだ。
「デパートの? 懐かしい……大切にしてくれて嬉しいわ。貴女、名前は?」
「虹川みらいです!」
「そう、虹川みらいさん」
天原さんは目を細め、他の2人を覗く。
彼女の鋭い眼差しが、今度は俺に向かって突き刺した。
肩から背中が冷たくなる。体が鉛のように重く感じる。
天原さんは「うん」と頷き、柔らかい微笑みに変わった。
「時間をとらせて申し訳ありませんでした。ライバルとして切磋琢磨し合える関係になれたらと思います。それでは失礼いたします。さぁ帰るわよ」
天原さんがパンパンと軽く手を叩くと、少女たちは「はい」を揃えた。
冷笑に近い眼差しが、虹川さんたちにも突き刺さったかもしれない。
情けないことに、俺は何も言うことができなかった。
扉は静かに閉まるだけだった――。
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