第7話 それぞれの正しさ

「社長! 煌坂リアのことで相談がぁ!」


 ミーティングを終わらせて、3階社長室の扉を素早くノックして、押し開けた。


「恋人のことかね?」


 こうなることを分かっていたかのように、社長は爽やかな笑みを浮かべて待ち構えていた。


「そうですよ! どうして最初に教えてくれなかったんですか?!」


 社長だろうが関係なく、前のめりになって問い詰めた。

 だが大門寺社長は動揺する素振りもなく、真っ直ぐに俺を見つめる。


「なぁに紙に書かずともリアくんが言うだろうと思ってね。まぁ恋愛禁止でもないが……ファン獲得の大きな壁になる、そんなところか」

「そりゃもちろんです。社長、最初から彼氏持ちと公表するのは控えた方がいいですよね?」


 俺の見立てでは、リアを目的にファンになる人たちが多いはず。

 ビジュアルに関しては一番目に行くほどスタイルが良いし、ダンスが得意なら尚更映える。

 社長は顎をさすり、深く頷いた。


「うーん、リアくんは正直で素直な子だ。ここは彼女たちと一緒に考えてみるといいかもしれないぞ」

「そんな……まだ世間を知らない子どもですよ?」

「プロデューサーくん、彼女たちを信じなさい。彼女たちを信じる君自身を信じるんだ」


 信じるって言ってもなぁ……。


「アイドルとして磨きをかければ、不安が吹き飛ぶほどの実力が身に付く! そうすればちょっとした石ころでつまづいたとしても、それが最大の魅力になる!」


 つまり、鍛えろってこと――単純で無茶苦茶だと思える。

 それなのに、不安を払いのけるほどに熱く、説得力ある言葉だなぁって感じる俺がいる。


「は、はいっ。もう一度彼女たちと相談してみます!」

「よし、よく言った! それでこそ君だ!」


 社長に見送られながら、もう一度俺は虹川さんたちのもとへ駆け戻った――。




「すまない、待たせた!」


 2階にある四畳半のレッスン室を、謝りながら押し開けた。

 そこには、あわあわといった感じで双方を見つめる虹川さんがいる。

 一方的にリアを睨みつける硝子堂さん。

 リアはスマホを胸元に寄せて、身構えつつも隙あらば噛みつこうとしていた。

 さっきので落ち着いたと思ったら、まだ終わっていなかったみたいだ。

 うぅ、不安を払った矢先にまた不安が戻ってくる。


「一体どうしたんだ?」


 虹川さんは頭頂部で跳ねた毛先を重く揺らす。

 眉を八の字にして俺を見上げた。


「プロデューサーぁ、リアちゃんのことで言い合いになっちゃったんです!」

「私たちのアイドル活動の障害になるなら、やめるべきと伝えただけです」


 硝子堂さんは胸に手を当て、俺に経緯を教えてくれた。

 彼女の言っていることに間違いはない。そりゃアイドルとして活動するなら恋人の存在は一部のファンにとっては危ういものだ。

 俺は軽く唸り、髪をガシガシと掻いた。


「硝子堂さん、その件は俺たちでちゃんと話し合うべきだ。恋愛禁止じゃないし、やめさせる理由にならない。今ここで、レッスン前に話し合いをしよう。リアに恋人がいることを最初に公表すべきか、デビュー後に打ち明けるか、それとも――引退まで隠し通すか」


 すぐに首を振ったのはリアだ。


「隠したくない! アタシはのんちゃんと将来のこと考えて付き合ってるんだよ? アイドルとは関係ないもん。初めから彼氏持ちって説明するし」


 当然の反応だろう。


「将来のこと?」

「うん、学校卒業して大人になったら結婚するって決めてるもん。それまではぁデートだけ!」


 ニコニコとリアは嬉しそうに話す。

 甘酸っぱい、無垢な恋愛してるなぁ。

 虹川さんは瞳をキラキラさせて、頬に手を当てている。

 真剣に交際しているという気持ちは伝わってきた。


「だとしても、アイドルになる覚悟もないのに、ただ興味本位で……納得できません。この先知名度が上がれば、マスコミにあることないこと書かれるんですよ?」


 硝子堂さんはいたって冷静に、尖った口調で現実を突きつける。

 それも一理あるんだよなぁ。

 遅かれ早かれ、マスコミが面白がるだろう。

 リアの彼氏にまで被害が及ぶことだって避けられない。


「だったらもうアイドルにならなくていいよ。アタシ、のんちゃんと一緒にいたいから。玲奈は歌上手なんでしょ? 歌手になればいいじゃん」

「簡単になれると思わないで!」


 鋭さが増した震えた言葉に、狭いレッスン室にピリピリとした空気が張り詰める。

 このままだと、めちゃくちゃな言い合いになってしまう。

 どうすれば……。


「2人とも待って! わたし、アイドルになりたいの!」


 間に立つ虹川さんが声を張り上げた。

 仲裁するにしては、なかなかに不思議な文言だ。

 かといって彼女の切り出しに誰も言い返すことはせず、ただ続きを待った。

 虹川さんは手をギュッと握りしめ、震わせている。


「わたし、何回もいろんなアイドルオーディションを受けて、でもぜーんぶ落ちちゃって! でも、やっと憧れのアイドルになれるチャンスが来たの! しかも3人ユニットで、歌が上手で綺麗な玲奈ちゃんと、ダンスが上手ですっごい可愛いリアちゃんと一緒に! すごくラッキーで、ものすごーくあり得ない奇跡だよ!? わたし、アイドルになりたい!」


 真っ直ぐ胸に突き刺さる強さがある。

 虹川さんはただ純粋に「アイドルになる」という夢を持っている。


「だから……恋してるリアちゃんはきっと、ファンに応援されると思うし、玲奈ちゃんの歌に真剣なところもファンは釘付けになると思う! わたしも、これからできるファンに笑顔を届けたい!」


 もはや決意表明になっているが、少なくとも2人は黙り込んだ。

 気まずく目を逸らした硝子堂さんと、褒められてちょっと恥ずかしげなリア。


「そうだな。虹川さんの言う通りだ。リアのことは最初の自己紹介動画で公表するってことでいいか?」

「アタシはそれがいいもん」

「……どうなるか分かりませんが、虹川さんに免じて今は従います」

「はい!」


 虹川さんは満面の笑顔を浮かべて、力強く返事をした。

 一瞬ヒヤッとしたが、虹川さんのおかげでなんとかなった……。

 書類をちらっと覗いた。

 虹川さんのアピールポイントには大門寺社長の走り書き――


《虹川くんはセンターだ!》


 俺は大いに納得して、頷いた。

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