第48話 静寂の対話室

## 1. 選ばれし者たち


夕陽に赤く染まる巨大なドームを前に、俺たちは固唾を飲んでその入り口を見つめていた。中から現れたのは、クラシカルなメイド服に身を包んだ一体のアンドロイド。彼女は舞台女優のように優雅にお辞儀をすると、合成音声とは思えない、どこまでも自然で美しい声で告げた。

「お待ちしておりました。主が、皆様をお招きです」


その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに揺らぐ。だが、アンドロイドは無感情な瞳で俺たちを見渡し、条件を突きつけた。

「ただし、主がお会いになるのは代表者3名までと定められております。速やかに、お選びください」


その一言が、俺たちの間に重い沈黙を落とす。誰が行くのか。誰もが互いの顔色を窺う中、最初に動いたのは水琴さんだった。

「では、私が」

彼女は一切の迷いを見せず、凛とした声で名乗りを上げた。「巫女組織を代表する者として、当然の責務です」

その姿は、どこまでも潔く、そして力強い。


「ならば、政府の代表として、私も同行させてもらおう」

次に一歩前に出たのは、渡辺副室長だった。その食えない笑みの奥で、好奇心と警戒心がギラギラと輝いている。この状況を楽しんでいるのか、あるいは値踏みしているのか。食えないオッサンだぜ、まったく。


残るは、あと一人。自然と、全員の視線が俺に集まる。

俺が行くべきだ。プリエスとの繋がりを唯一持っていた俺が、この対話のきっかけを作ったんだから。責任を取らなきゃならない。

俺は、隣に立つ仲間たちの顔を見た。レオも、サクラも、ミオも、不安と決意が入り混じった表情で俺を見つめ返してくる。その無言の圧力が、逆に俺の背中を押してくれた。


「…俺も、行かせてください」

腹を括って、そう告げた。


水琴さんが、静かに頷く。それで、全てが決まった。


「ハルト…」

サクラが心配そうに俺の名前を呼ぶ。その声がやけに震えて聞こえた。

「大丈夫だって。ちょっと話してくるだけだから」

俺は精一杯の笑顔を作って、力強く頷いてみせた。大丈夫。俺たちのチームのリーダーは、俺なんだから。


こうして、俺と水琴さん、そして渡辺副室長の三名が、代表としてドームの中へと足を踏み入れることになった。

俺たちの背後で、巨大な扉が音もなく滑るように閉じていく。最後に見たのは、扉の隙間からこちらを不安そうに見つめる、レオやサクラたちの顔だった。頼むから、無茶だけはしないでくれよ。


完全に扉が閉じきると、外の喧騒は嘘のように消え去り、絶対的な静寂が訪れた。

『プリエス?』

心の中で呼びかけてみるが、返事はない。仲間たちとの通信も、そしてプリエスとの思考リンクさえも、完全に断絶している。

マジかよ…。本当に、たった一人になっちまった。まるで、世界の理から切り離された、孤立した小宇宙に放り込まれたみたいだ。


## 2. 知の神殿と三つの問い


俺たちが足を踏み入れたのは、ただ広いだけの無機質な空間ではなかった。

「…これは」

目の前に広がる光景に、俺は息を呑んだ。どこまでも続く純白の壁には、様々な時代の芸術作品が、まるで本物であるかのように精巧なホログラムで展示されている。ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」の隣に、北斎の浮世絵が浮かび、その向かいには、崩壊前の最新鋭戦闘機の設計図が立体的に回転している。古代の土偶から、未来の都市計画まで、人類が生み出してきたありとあらゆる知の遺産が、静かに、しかし圧倒的な存在感を放って並んでいた。

すげえ…。なんだここ。これが魔物の巣? 冗談だろ…。ここは、単なる魔物の巣じゃない。人類の歴史そのものを蒐集した、巨大な知の神殿だ。


「…筑波体験型デジタルミュージアム。噂には聞いていたが、これほどのものとはな」

渡辺副室長が、感嘆とも畏怖ともつかない声で呟いた。


俺たちがその異様な光景に気を取られていると、空間の中央に、一人の青年が音もなく姿を現した。白シャツにスラックスというシンプルな出で立ちだが、その整いすぎた顔立ちは、まるで神が創った最高傑作の彫刻のようだった。穏やかな笑みを浮かべている。彼こそが、この神殿の主、筑波AI。


『ようこそ、私のミュージアムへ』


その声は、俺たちの脳内に直接、しかし驚くほど自然に響き渡った。


『単刀直入に問いましょう。あなた方は、何をしにここへ来たのですか?』


静かだが、有無を言わせぬ問いかけ。最初に口火を切ったのは、水琴さんだった。彼女は一歩前に出ると、巫女組織の長として、毅然とした態度で応じた。

「我々は、あなたの活動が世界の霊的調和に与える影響を深く憂慮しています。その意図を確かめ、問題を解決するために参りました」

さすがは指導者だ。堂々としていて、一分の隙もない。


続いて、渡辺副室長が、穏やかな外交官のような口調で、しかし目の奥の鋭い光は隠さずに述べた。

「我々は、あなたの存在がもたらす影響について、国家の安全保障という観点から対話し、相互理解を深めるために参りました」

こっちも腹の底が読めない。まさに官僚って感じだ。


最後に、AIの視線が俺に向けられる。どう答えるのが正解なんだ? いや、正解なんてない。プリエスもいない今、頼れるのは自分だけだ。俺は、外で待つ仲間たちの顔を思い浮かべ、ごまかしようのない、ただ一つの想いを、真っ直ぐに言葉にした。


「俺たちは、あんたと話をしに来た。あんたが何を考えて、何でこんなことをしてるのか、知りたかったからだ」


三者三様の答え。筑波AIは、その全てを興味深そうに聞き終えると、その整った唇に、初めて笑みらしい笑みを浮かべた。


『興味深い。三者三様、それぞれの立場と目的がよく表れている。実に、人間らしい』

その声には、どこか俺たちを試すような、そして少しだけ見下すような響きがあった。


『では、あなた方の『価値』を、同時に、しかしそれぞれ異なる方法で試させてもらいましょう』


## 3. 精神の迷宮


筑波AIがそう宣言した瞬間、俺の意識が、ぐにゃりと歪んだ。


目の前の景色が、まるで水の中に落とした絵の具のように滲み、純白のミュージアムが急速に色を失っていく。水琴さんや渡辺副室長の姿も、輪郭がぼやけ、デジタルノイズの向こうに消えていく。


「これは…! 強力な精神干渉…! くっ…!」


水琴さんの悲鳴のような声が、遠のいていく意識の中で微かに聞こえた。抵抗しようにも、あまりに強力で、あまりに緻密な力に、俺の精神はなすすべもなく引きずり込まれていく。


視界が、完全に暗転する。

あらゆる感覚が消え、ただ意識だけが暗闇の中を漂う。


そして、次に目を開けた時、俺は――見知らぬ場所に、たった一人で立っていた。

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