第26話 ステージの上の攻防

## 1. 神聖なステージ


赤城神社の境内は、昨日までの静けさが嘘のように、慌ただしい活気に満ちていた。撮影隊のスタッフたちが機材を運び、照明をセットし、怒号にも似た指示が飛び交っている。俺たちはその少し外側で、最後の巡回を終え、それぞれの持ち場で周囲への警戒を続けていた。今日の主役であるアイドル・ルナは、スタッフと入念な打ち合わせを繰り返している。


そんな喧騒の中、巫女チームの四人だけは、まるでそこだけ別の時間が流れているかのように、静かに拝殿の前で儀式を始めていた。リーダーである舞さんが、凛とした立ち姿で古の言葉を紡ぎ始めると、他の三人もそれに合わせて印を結び、囁くように祝詞を唱える。先日見た、浄化の儀式だ。


『舞さんたちは、浄化のために来たのかな?』

レオがプリエス経由の念話で呟く。

『そうみたいだね。撮影の成功とルナさんたちの安全を祈願してる、ってところか』

俺が答える。俺たちの仕事の安全もついでにお願いしたいところだ。


儀式が終わる頃、不思議とあれほど騒がしかった境内の空気が、すっと澄み渡ったように感じられた。ルナも準備が整ったようで、スタッフに促され、撮影場所である拝殿へと歩みを進める。


「わあ、すごい…! 本当にここで撮影するんですね。さっきまでと違って、なんだか空気が神聖な感じがする…。舞さん、ありがとうございます!」

ルナが嬉しそうに声を弾ませる。


舞は穏やかに微笑んで頷いた。

「いえ、こちらこそ。どうか安全に、そして素晴らしい撮影になりますように」


舞たちは、役目を終えたように境内の外へ戻り、俺たちの近くにやってきた。

「こんにちは。またお会いしましたね」

舞さんがにこやかに挨拶する。


「そうですね、本当に驚きました。今日も神社の浄化のために?」

俺が尋ねると、彼女は「ええ」と頷き、少し悪戯っぽく笑った。

「それと、彼女の護衛も兼ねています。ここは魔物の出没も多いですから。…などというと格好いいのですが、まあ、私たちもアルバイトみたいなものです。お金を稼がないと、活動が続けられませんから」


いきなりのぶっちゃけトークに、俺たちは思わず笑ってしまった。巫女さんといえど、霞を食って生きているわけじゃないらしい。親近感が湧いてくるぜ。


## 2. 予期せぬ襲撃


やがて撮影が始まった。秋の柔らかな日差しが降り注ぐ中、ルナはカメラの前で自然体で振る舞い、その独特の雰囲気で見る者すべてを惹きつけていく。


そして、彼女の歌が始まった。

力強く、どこか切なさを帯びた熱のこもった歌声が、神社の境内に響き渡る。遠くから聞こえる風の音や鳥のさえずりさえも、まるで彼女の歌声に合わせた伴奏のように感じられた。


『すごい! 生で聴くとやっぱり違うね!』

サクラがファンの顔になって、目を輝かせている。


『なんだか、心が洗われる…』

ミオがぽつりと呟く。珍しく素直な感想だ。


『彼女の歌からは、極めて指向性の高い共鳴反応を観測します。これはある種の広域精神干渉魔法に分類できるかもしれません。聴衆の感情を増幅させ、一体感を生み出す効果があるようです』

プリエスが冷静に分析する。確かに、鬼の咆哮が恐怖を呼び起こすように、彼女の歌声は聴く者の心を揺さぶり、高揚させる力がある。これがアイドルの力か。


撮影がクライマックスに差し掛かった、その時だった。

パンッ!

乾いた銃声が、静かな森に響き渡った。


俺たちは即座に臨戦態勢に入る。スタッフたちも一斉に動きを止め、境内に緊張が走った。


「気をつけろ!何か来るぞ!」

俺が叫ぶのと、プリエスの警告が頭に響くのは、ほぼ同時だった。


『警報! 北東方向より複数の高速接近物体を確認! 識別コード、魔物。犬型、五体。危険レベルは低いですが、数が多く、動きが素早いので注意してください!』


音がした方向から、黒い影が五つ、こちらに向かって猛然と突進してくるのが見えた。


「サクラは左! レオは右! 真ん中は俺とミオで対応する! 境内には一匹も入れるな!」

俺は即座に指示を飛ばす。


「わかった!」「おう!」

サクラとレオが力強く頷き、前線へと躍り出た。


## 3. 連携と迎撃


サクラとレオが、まるで阿吽の呼吸で左右に展開する。俺とミオはその後方、境内への入り口を固めるように位置取った。ミオはすっとアイマスク型のデバイスを装着し、精神を集中させている。


「しゃあ! いっくぞー!」

サクラが先陣を切って、犬型の魔物の群れに突っ込む。二匹の魔物が、彼女の小柄な体躯を侮ったかのように左右から同時に飛びかかった。だが、それは致命的な判断ミスだった。


「遅い!」

サクラの姿がブレたかと思うと、魔物たちの顎が的確に打ち抜かれる。ゴッと鈍い音がして、二匹の魔物は断末魔の声を上げる間もなく宙を舞い、地面に叩きつけられた。装備で強化されたサクラの拳にかかれば、犬型の魔物などジャブ一発で十分らしい。相変わらず人間離れした強さだぜ。


一方、レオは残りの三匹の前に巨大な盾を構えて立ちはだかる。魔物たちが次々と彼に襲いかかるが、レオは冷静にその牙と爪を受け止め、びくともしない。


そこに、ミオの精神干渉魔法が放たれる。犬型の魔物の一匹がふらつき、その動きが鈍った。

その好機を、レオが見逃すはずがない。

「もらった!」

レオの雄叫びと共に、巨大なハンマーが魔物の頭部に振り下ろされ、派手な音を立てて地面に沈めた。


残りの二匹も、サクラとレオの完璧な連携によって、あっという間に片付けられていく。俺も念のため、いつでも精神干渉魔法を放てるように準備していたが、結局、俺の出番はなかった。


俺の精神干渉魔法はプリエス頼みなわけだが、相手の注意を引き付けないとあまり効果がないというか発動に時間がかかる、ということが最近の経験でわかってきていた。

これは単に俺の技量不足だとミオからは言われていて、現在も特訓中だ。


犬型の魔物を全て倒した後、俺たちは再び周囲の警戒を強化した。スタッフたちも安堵の表情を浮かべ、撮影を再開しようとしている。


「お見事です」

舞が静かに近づいてきて言った。その表情に驚きはない。

「私たちの出番はなさそうですね」


「ええ、まあ。報酬分の仕事はしないと」

俺は少しおどけて笑ってみせた。「でも、いざという時は、頼りにさせてください」


「もちろんです。私たちもここでの任務を全うしなければなりませんから」

舞が力強く頷いた。


その時、銃声がした方から、警備の男が一人、仲間に肩を貸されながら歩いてくるのが見えた。足を押さえており、出血しているようだ。かなり痛そうに顔を歪めている。


「大丈夫ですか!?」

俺が駆け寄る。


「ああ…。だが、こいつはもう戦闘は無理だ。境内の中で休ませてやってくれ」

肩を貸している仲間が悔しそうに答える。


「結(ゆい)、手当てをお願い」

舞が、チームの中でも一番小柄で、おっとりとした雰囲気の巫女に声をかけた。

「彼女は、回復の力を持っていますので」


「わかりました」

結と呼ばれた巫女がこくりと頷き、負傷した警備員を支えながら境内の中へと入っていった。


「回復魔法、ですか。すごいですね」

俺が感心して言うと、舞さんは「ええ」と誇らしげに微笑んだ。回復魔法の使い手は、その希少性からどのチームでも引く手あまただと聞く。怪我の治癒という現象は、情報魔法で再現するには極めて高度な生体情報への理解と、精密な物理干渉が要求されるからだ。



しばらくして、結が手当てを終え、警備員と一緒に戻ってきた。驚いたことに、彼はもう普通に歩いている。


「ありがとうございます。おかげで、痛みもほとんどなくなりました」

警備員が、信じられないといった様子で舞と俺たちに頭を下げる。


「それは良かった。ですが、大事をとって境内で休んでいてくださいね」

舞が微笑む。


「無理をなさらないでくださいね」

と結が優しく答える。物腰も柔らかく、まさに癒し系だ。


「本当にありがとう。君たちのおかげで助かったよ」

警備員は改めて感謝を述べると、仲間に付き添われて境内の中へと戻っていった。


## 5. 束の間の平穏、そして…


その後、撮影は順調に進み、ルナの魅力が存分に引き出された素晴らしい映像が撮れたようだ。スタッフたちも満足そうな表情を浮かべている。俺たちは最後まで警戒を続け、無事に撮影が終了したことを確認した。


「いやー、助かりました! 皆さんのおかげです!」

撤収作業の合間に、監督らしきスタッフが俺たちに駆け寄ってきた。

「特に、あの魔物をパンチで倒したお嬢さん! まるで映画のワンシーンみたいでしたよ!」


「サクラはクマもパンチで倒せますからね」

レオがニヤニヤしながら言うと、サクラが「ちょっと、レオ!」と顔を真っ赤にして彼を睨んでいる。


「えっ! 本当ですか? すごいですね! 今度、ぜひその映画、撮らせてくださいよ!」

監督が本気か冗談か分からない様子で目を輝かせる。


「いやいや、クマはもう勘弁してください…」

サクラが本気で嫌そうに苦笑した。


和やかな空気が流れる。今日の仕事も、これで無事に終わりそうだ。

そう思った、その時だった。


ズドンッ!


先ほどまでの乾いた銃声とは明らかに違う、腹の底に響くような重い音が、森の奥から響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る