第25話 赤城山のステージ
## 1. 舞い込んだ高額バイト
九月も下旬に差し掛かった、よく晴れた秋の夜。俺は自室のベッドに寝転がり、プリエスが投影するホログラムで、最近公開されたばかりのアクション映画を観ていた。派手な爆発シーンの途中で、スマホが軽快な通知音を鳴らす。画面には、商売人の顔をした同期、『タクマ』の名前が光っていた。
『急で悪いんだけどさ、週末に高額バイトする気ない?』
思わず眉をひそめる。タクマの言う「高額バイト」は、大抵の場合、相応のリスクが伴うからだ。俺はプリエス経由で、チーム全員の思考を繋いだ。
『みんな、聞こえるか? タクマからバイトの誘いだ。ちょっと相談したい』
『お、いいね!どんなやつ?』
トレーニングを終えたばかりなのか、サクラの思考が汗の匂いと共にはじけるように飛んできた。対照的に、レオとミオからは静かな応答がある。俺は送られてきた募集要項を読み上げた。
「ある企業のアイドルを使ったCM撮影で、会場の警備と整備。前日入りして、周辺の野生動物や魔物の排除、当日の周辺警備。場所は赤城山の山頂付近、未管理遺跡。日給は一人5万円で、二日分支給。ただし、現地集合・現地解散で、怪我は自己責任。他のチームも複数参加するらしい」
『日給5万! しかも二日間!』
サクラの思考が、キラキラと輝くのが目に浮かぶようだ。
『アイドルって誰だろう! 会えたりするのかな!?』
『落ち着けサクラ。未管理遺跡ってのが気になるな。赤城山は、沼田より危険度が高いはずだ』
レオが冷静に釘を刺す。彼の思考の背景には、工具の油の匂いが混じっている。どうやら工房で作業中らしい。
『でも、他のチームも複数参加するなら、安全性は比較的高いと言える。それに、安定した日給は今の私たちにとって魅力的』
ミオの分析はいつも通り的確だった。
『プリエス、この案件、どう思う?』
プリエスに問いかける。
『日給5万は、この種の警備業務としては破格です。公にできない何らかのリスク要因が存在する可能性が高いと推測されます』
(だろうな)
俺は心の中で頷いた。だが、今の俺たちに選り好みしている余裕はない。チームとしての経験値も、安定した収入も、両方が必要だった。
『どうする、リーダー?』
レオに問われ、俺は腹を決めた。
『やろう。たまにはこういう仕事もいい経験になるはずだ。それに、金はいくらあっても困らない』
俺が決定すると、三者三様の、しかしどこか期待に満ちた同意が返ってきた。俺はタクマに『4人で参加する』と、短い返信を送った。
## 2. 赤城山の不穏な影
約束の土曜日。俺たちはレオの運転する車で、赤城山を目指していた。麓の町を抜けると、道は次第に険しい山道へと変わっていく。窓の外には、赤や黄色に色づき始めた木々が流れ、空気はひんやりと澄んでいた。
「うわー、結構寒いね! でも空気が美味しい!」
後部座席で、サクラが犬みたいに窓から顔を出して歓声を上げる。
「山頂付近は10度以下になるらしいぞ。風邪ひくなよ」
レオがバックミラー越しに呆れたように言う。
やがて、舗装が途切れ、車は大きく揺れながら未舗装の林道を進んでいく。
「これ以上は無理だな」
レオは開けた場所にある駐車場に車を停めると、エンジンを切った。ここからは徒歩だ。
装備を整え、落ち葉が積もる山道を30分ほど歩くと、視界が開け、古びた鳥居が見えてきた。赤城神社の跡地。そこが、今回の集合場所だった。
既に10人ほどの探索者たちが集まっており、俺たちはその末席に加わった。いかつい銃で武装した3人組、統率の取れた動きの傭兵風チーム、そして軽装ながらも油断なく周囲を窺うソロの探索者。それぞれが、互いの実力を探るように、静かな視線を交わしている。プロの仕事場の空気だ。
やがて、スタッフらしき男性がパン、と手を叩いた。
「皆さん、お集まりいただきありがとうございます! これより、明日の撮影に向けた警備・整備作業を開始します!」
簡単なブリーフィングの後、各チームに担当エリアが割り振られた。俺たちの担当は、神社から少し離れた、比較的平坦な森の中。他のチームは、より険しい山頂への道や、古い施設跡の周辺を担当するようだ。
「よし、行こうか」
俺たちは無線機を受け取ると、指定されたエリアへと向かった。
森の中は、静寂に包まれていた。聞こえるのは鳥の声と、風が木々を揺らす音だけ。
「魔物の気配は希薄だね」
ミオが探知魔法で周囲を探りながら言う。
「ああ。だが、油断はするなよ」
レオが先頭で、慎重に道なき道を進んでいく。
探索は、驚くほど順調に進んだ。遭遇したのは数匹のイノシシと、数体のネズミ型魔物だけ。それらも、サクラとレオが瞬く間に片付けてしまった。
「なんだか、拍子抜けするくらい平和だね」
サクラが少しつまらなそうに肩をすくめた、その時だった。
「ん…?」
先頭を歩いていたレオが、地面のある一点を指して立ち止まった。
「なんだこれ…足跡か?」
そこには、湿った泥の上に巨大な足跡が一つ、くっきりと残されていた。人間のものより遥かに大きく、そして異様に深い。
『クマ…にしては、爪の跡がありませんね』
プリエスが冷静に指摘する。
「魔物の足跡かも。ここ最近、赤城山周辺でクマ型魔物の目撃情報が増えているって、タクマが言ってた」
ミオが周囲を警戒しながら付け加えた。
「なるほどな。日給が高いわけだ」
俺が苦笑する。
『この足跡を辿ってみましょう。脅威は早期に発見し、排除するべきです』
プリエスの提案に、俺たちは頷いた。
けもの道のような細い道を慎重に進んでいくと、不意に腐臭が鼻をついた。そして、視界が開けた先に、それは転がっていた。
巨大なクマの死体だった。
上半身を中心に、何かに抉られたような激しい損傷を受けている。既に死後数日が経っているようで、その亡骸は見るも無残な姿を晒していた。
「うわ…ひどい…」
サクラが思わず顔をしかめる。
『スキャンします…死因は外傷性ショック。銃や刃物によるものではありません。単一の、極めて強力な物理的攻撃によって、胸部が圧壊しています。獣や魔物の仕業と考えられますが…』
プリエスの分析を聞きながら、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
「クマを一方的に殺せる魔物…か」
レオが唸る。この辺りの生態系の頂点にいるはずのクマが、こうも無残に殺されている。
(尋常じゃない。まるで、榛名で遭遇した『鬼』のような…いや、考えすぎか)
俺たちはすぐにスタッフへ無線で連絡し、状況を報告した。他のチームにも情報が共有され、現場の空気が一気に張り詰めていくのが分かった。
「よし、俺たちは巡回を続けよう。こいつを仕留めた何かが、まだ近くにいるかもしれない」
俺の言葉に、仲間たちが静かに頷いた。午後の作業は、何事もなく終了した。だが、俺たちの心には、あの巨大な足跡と無残な死体が、不穏な影として重くのしかかっていた。
## 3. ステージで再会する巫女
翌日、日曜日。再び赤城神社跡に集まった俺たちは、昨日とは違う種類の緊張感に包まれていた。今日は、撮影隊と、主役であるアイドルがやってくる。俺たちの任務は、神社周辺の最終的な安全確認と、撮影中の不審者の侵入を防ぐことだ。
改めて一時間ほど神社周辺を哨戒した後、俺たちは駐車場で撮影隊の到着を待ち、神社までの案内を担当することになった。
「それにしても、どんなアイドルが来るんだろうね?」
持ち場につきながら、サクラがそわそわと落ち着かない様子で話しかけてくる。その瞳は、好奇心でキラキラと輝いていた。
「さあな。でも、こんな山奥でPV撮るくらいだから、ちょっと変わった子なんじゃないか?」
俺が適当に答えていると、遠くから複数のエンジン音が聞こえてきた。
「来たみたいだぞ」
レオが無線で知らせてくる。
やがて、林道の向こうから、大型のワゴン車が二台、ゆっくりと姿を現した。駐車場に車が停まり、中から撮影スタッフらしき人々がぞろぞろと降りてくる。そして、最後に、一台の黒塗りの高級車が静かに到着した。
後部座席のドアが開き、一人の少女が降り立つ。
小柄で、華奢な体つき。ふわふわとした水色の髪が、木漏れ日を浴びて輝いている。その姿を見た瞬間、サクラが「えっ、うそ…」と息を呑んだ。
「サクラ? 知り合いか?」
「し、知り合いっていうか…! あの子、地下アイドルの『ルナ』だよ! 私、すっごいファンなんだ…!」
サクラは、信じられないといった様子で目を丸くしている。
(はぁ!? あのサクラが熱狂するほどのアイドルが、こんな場所に?)
だが、俺たちが驚いたのは、それだけではなかった。
ルナの後ろから、まるで彼女を守るように、四人の女性が静かに降り立ったのだ。
古風な巫女装束に身を包み、そのうちの一人は背中に剣を、もう一人は錫杖を手にしている。先日、遺跡で出会った、あの巫女チームだった。
「なんで、あの人たちが…」
レオが訝しげに呟く。
(巫女さんがアイドルの護衛? どういう組み合わせだよ…)
色々聞きたいことは山ほどあったが、今は仕事が優先だ。俺たちは無線で神社のスタッフに連絡を取り、到着した一行の安全を確保しながら、撮影場所である神社までの案内を始めた。
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