第21話 実利と浪漫

## 1. 魔法武器屋「頑鉄堂」へ


九月中旬の土曜日。空には突き抜けるような青が広がり、車窓を流れる景色には秋の気配が漂い始めていた。俺たちは清原市から電車に揺られること一時間、中規模都市の上橋市を目指していた。目的はただ一つ、サクラの新しい魔法武器を探すための、チーム全員での遠征だ。


「ねえねえ、どんな武器があるかな! すっごい楽しみ!」


サクラは座席から半ば身を乗り出すようにして、まるで遠足前の子供のようにはしゃいでいる。その隣では、ミオがやれやれといった顔で静かに読書に没頭していた。対照的な二人だな、ほんと。


「サクラ、落ち着け。まだ着いてもいない」

レオが呆れたように言うが、その目もどこか期待に輝いている。まあ、気持ちはわかる。彼にとっても、最新の魔法武器に直に触れるのは、技術者魂をくすぐられるイベントなのだろう。


『上橋市の中古魔法武器市場は、北関東で最大規模を誇ります。思わぬ掘り出し物が見つかるかもしれませんね』

俺の肩の上で、プリエスがホログラムの姿で得意げに豆知識を披露する。こういう時、本当に物知りなコンシェルジュみたいで助かる。


「タクマが紹介してくれた店、大丈夫だよな?」

俺が尋ねると、隣に座っていたタクマが「任せとけって」と自信満々に胸を叩いた。

「頑鉄堂のオヤジさんとは、親父の代からの付き合いなんだ。腕は確かだし、変なもんは掴ませないよ。見る目だけは、そこらの鑑定士より上だからな」


その言葉に安心し、俺たちは再び車窓の風景に目を向けた。

上橋駅に降り立ち、少し歩くと、活気と古さが同居する商店街の一角にその店はあった。『頑鉄堂』と墨痕鮮やかに書かれた、年季の入った木の看板。店構えは地味だが、中から漏れ聞こえる金属を打つ音と、微かに感じる濃密な情報エネルギーの匂いが、ここが只者ではないことを雄弁に物語っていた。


「ごめんくださーい!」

タクマが慣れた様子で引き戸を開けると、カウンターの奥から油と鉄の匂いと共に、熊のような体躯のひげ面店主が顔を出した。


「おぉ、タクマの坊主か。久しぶりじゃねえか。そっちの連れは…ほう、噂のチームか」

店主は俺たちを値踏みするように一瞥し、ニヤリと口角を上げた。その目は、長年本物だけを見続けてきた職人のそれだった。


## 2. 安定の『衝撃増幅グローブ』


「オヤジさん、今日はこの子の武器を探しに来たんだ。格闘系で、予算は40万くらい」

タクマが単刀直入に用件を切り出す。


「格闘系で40万か。なら、ちょうどいいのがあるぜ」

店主はそう言うと、奥の棚から黒光りする金属製のグローブを取り出した。

「清原魔法工業製の『衝撃増幅グローブ SG-2000』。中古だが、うちで完璧に整備済みだ。打撃力を安定して2.5倍に増幅する。余計な機能はないが、その分エネルギー効率も信頼性も高い。初心者でも扱いやすい、質実剛健な一品だ」


「SG-2000…」

レオがグローブを手に取り、技術者の目で細部を食い入るようにチェックし始める。

「構造はシンプルだが、堅実な作りだ。エネルギー伝達効率も良さそうだし、これならメンテナンスも楽だな。内部の結晶コンデンサも状態がいい」


「試し打ち、させてもらえますか?」

サクラが目をキラキラさせて尋ねる。もう待ちきれないといった様子だ。


「おう、裏に来な」


店の裏には、コンクリートで囲まれた広い空き地があった。サンドバッグや積まれた瓦、射撃用の的まである。ここで数々の武器が試されてきたのだろう。


サクラは早速グローブを装着し、ずしりと重いサンドバッグの前に立った。

「いくよ!」

気合と共に、しなやかなフォームから放たれた拳が、サンドバッグに深々とめり込む。


**ドゴォォンッ!!**


尋常ではない衝撃音と共に、サンドバッグが付け根からちぎれんばかりの勢いで吹き飛んだ。


「「「…………」」」


俺たちは、あっけにとられて言葉を失った。これが、安定して出せる威力だと?


「…すっごい! 軽い力で、この威力…!」

サクラ自身も、自分の拳を信じられないといった表情で見つめている。


「安定してこの威力が出せるなら、並の魔物相手なら苦戦はしないだろうな。ザコ敵は一撃で沈む」

レオが腕を組んで感心している。


『データベース上の評価も高いです。同価格帯の武器の中では、最もコストパフォーマンスに優れていると判断できます。ハルト、これは「買い」です』

プリエスも太鼓判を押した。


## 3. ロマン武器『九重の極み』


「うん、これにする!」

サクラが満面の笑みで頷いた、その時だった。


「まあ待て、お嬢ちゃん。面白いもんを見せてやる」

店主が、悪戯っぽく笑いながら店の奥に戻り、埃をかぶった古びた木箱を抱えてきた。

「こいつは、ある職人が道楽で作った一点物でな。『九重(ここのえ)の極み・山彦(やまびこ)』って言うんだ」


箱から現れたのは、先ほどのグローブよりも優美な装飾が施された、少し古風なデザインのガントレットだった。


「九重の極み…?」

サクラの目が、きらりと光った。その名前に、明らかに心当たりがあるようだ。


「そうだ。昔あった『る〇〇に剣心』って漫画に出てきた技を、情報魔法で再現しようとした変わり者がいてな。そいつの作品さ」


『〇ろう〇剣心…』プリエスが即座にデータベースを検索する。『20世紀末に発表された日本の漫画作品ですね』

(相変わらず仕事が早いな、お前は)


「どういう仕組みなんだ?」

レオが身を乗り出して尋ねる。


「最初の打撃の衝撃パターンを情報として記録し、その後、数ミリ秒間隔で情報結晶のエネルギーを使って全く同じ衝撃を九度、対象の内部に叩き込む。それらの衝撃波が完璧に重なった時、内部から爆発的な破壊力を生み出す…って理屈らしい」

店主は肩をすくめた。「まあ、成功すりゃあ威力はSG-2000の比じゃねえが、タイミングがコンマ1秒でもずれりゃ、ただの威力が分散した9連打だ。完全に使い手を選ぶ、ロマン武器よ」


「ロマン…!」

サクラの目が、完全にハートマークになっていた。おいおい、一番聞かせちゃいけない単語が出ちまったぞ。


## 4. 試し打ちと乙女心


「こ、これも試させてください!」

サクラは興奮を隠しきれない様子で、『九重の極み・山彦』を装着した。


新しいサンドバッグの前に立ち、深呼吸一つ。先ほどよりも、ずっと集中しているのが分かる。

放たれた拳がサンドバッグを捉える。


ドンッ。


……静寂。普通のパンチだった。


「あれ?」

サクラが不思議そうに首をかしげる。


「だから言ったろ、タイミングがシビアなんだよ、そいつは。実は、これを使えるやつがほとんどいねえから、売れ残ってんだ」

店主がからかうように笑う。


「もう一回!」「うん、もう一回!」

サクラは諦めない。まるで何かに取り憑かれたように、何度も挑戦を繰り返す。


だが、結果は同じ。ドン、ドン、と間の抜けた音が響くだけだ。

(ダメか…やっぱりロマンはロマンでしかないのか…)

俺がそう思い始めた時、サクラの雰囲気が変わった。


今度は、目を閉じ、全神経を拳に集中させている。

(おいおい、目ぇ閉じてどうすんだよ…)


『ハルト、サクラの精神波形が、極めて高いレベルで安定し、一点に収束していきます。これは…』

プリエスの冷静な分析の声が、わずかに驚きを帯びる。


そして、放たれた渾身の一撃。


**ドッ……ゴォンッ!!!**


一瞬遅れて、内側から弾けるような轟音が響き渡り、サンドバッグが木っ端微塵に吹き飛んだ。衝撃波が俺たちの頬を撫でる。その威力は、先ほどのSG-2000の比ではない。


「やった…!やったー!」

サクラは自分の拳を見つめ、子供のように飛び上がって喜んだ。


「すげえ威力だ…」レオが呆然と呟く。

「でも、成功率は10回に1回か。実戦で使えるか?」


「クリティカルヒットが出れば、格上の相手でも一撃で倒せるかもしれない。でも、外れたら…」

ミオの冷静な指摘に、全員が押し黙る。


「どうする、サクラ?」

俺が尋ねると、サクラは二つのグローブを交互に見つめ、本気で悩み始めた。

「うーん、うーん……」


安定した強さか、一撃必殺のロマンか。彼女の心は、激しく揺れ動いていた。


「…本当に機能するんだな、あの武器」

店主が、誰に言うでもなく、驚きと感心の入り混じった声で呟いたのが聞こえた。


## 5. チームの結論と商人の投資


工房に戻り、俺たちは改めてテーブルを囲んだ。サクラはまだ「うーん」と唸り続けている。その姿は、おもちゃ屋でどっちのロボットを買ってもらうか真剣に悩む子供そのものだ。


「私、決められないよぉ…」


「まあ、普通はSG-2000を選ぶのが賢明だろうな。安定した戦力アップはチームにとって大きい」

レオが現実的な意見を述べる。


「でも、あの威力は捨てがたいわ」

ミオが、意外にも『山彦』の可能性を評価する。

「私たちのチームには、一撃で戦況を覆せる『切り札』が必要な場面が、これからきっと来ると思う」


ミオの言葉に、俺も強く頷いた。榛名の鬼との戦いが脳裏をよぎる。あの時、もしこの武器があったなら、もっと違う戦い方ができたかもしれない。


「…両方、買うってのはどうだ?」


俺が提案すると、全員の視線が俺に集まった。


「両方!?でも、予算が…」

サクラが慌てる。SG-2000も山彦も、店主が勉強してくれたとはいえ、それぞれ中古で30万円。合計60万円だ。チームの予算20万とサクラの個人資金20万を合わせても、20万円足りない。


その時、黙って話を聞いていたタクマが、にっこりと人の良い笑みを浮かべて口を開いた。


「その20万、俺が貸そうか?」


「え?」


「もちろん、タダじゃねえよ」

タクマはすっと商人の顔になる。

「サクラさん個人への貸し付けだ。返済は、今後の探索の成果から少しずつでいい。これは、君たちの未来への『投資』さ」


タクマは続ける。

「ミオの言う通り、君たちのチームには『安定』と『切り札』の両方が必要だ。SG-2000で確実にザコを仕留め、共鳴力の消費を抑える。そして、鬼みたいなヤツが出てきた時は、『山彦』で一発逆転を狙う。今は成功率が低くても、サクラさんなら、使い込むうちに精度は上がるだろうしな」


タクマの言葉に、俺たちは皆、納得させられた。こいつ、ちゃんと俺たちのことを考えてくれてる。


「…タクマ、ありがとう」

サクラが、決意の表情で顔を上げた。

「私、借りる!そして、絶対に強くなって、すぐに返してみせるから!」


こうして、サクラは二つの強力な武器と、20万円という決して軽くない借金を同時に手に入れた。

帰り道、二つの武器ケースを大事そうに抱えるサクラの横顔は、少しだけ大人びて、そしてどこか誇らしげに見えた。

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