第19章 古の声

轟音とともに、神殿の石壁がひび割れ、崩落していく。

 兵士たちの悲鳴が響き渡り、誰もが恐怖に駆られて逃げ惑った。


「アレン、こっちへ!」

 リディアが叫び、杖から光の結界を展開する。

 眩い輝きがアレンと仲間を包み込み、崩れ落ちる瓦礫を弾き飛ばした。


 次の瞬間――。


 すべての音が消えた。


 気づけば、アレンたちは白一色の空間に立っていた。

 足元には床も大地もない。ただ、光の大海が果てしなく広がっている。


「ここは……」

 ミラが不安げに呟く。


 やがて、その光の中に影が浮かび上がった。

 それは老いた男女のようでもあり、幼子のようでもあり、姿形が定まらない。

 声が直接、心に響く。


『勇者よ……そして導き手よ……』


 重く、深い声が空間を震わせた。



「誰だ……お前は」

 アレンは剣を構えたまま問いかける。


『我は、この神殿を創りし者……かつて世界を護るために勇者を選んだ存在……』


「世界を護るため……?」

 リディアが目を見開く。


『勇者とは、本来この世界と共に歩み、未来を選び取る者。

 だが、やがて人は勇者を“道具”とした。

 力を与え、命を削らせ、己らの繁栄の礎とした……』


 その言葉に、アレンの胸が強く締めつけられる。

 自分が生きてきた日々、そのすべてを突きつけられたようだった。



『問おう、勇者アレンよ。

 お前はこの世界のために、己の命を捧げるか?

 それとも――己の生を、最後まで貫くか?』


 空間全体が震える。

 アレンは言葉を失い、ただ剣を握りしめた。


「……俺は……」


 口を開きかけたとき、別の声が響いた。


「待て!」


 レオンだ。

 彼もまた、この光の世界に引き込まれていた。


 彼は荒い息をつきながらアレンの隣に立ち、影に向かって叫ぶ。

「その問いは……俺にも向けられているのか?」


 影は静かに答えた。

『勇者の友よ。お前もまた、選ぶ者の一人……勇者を利用する側に立つか、共に歩むか』



 レオンは剣を下ろし、苦悩に顔を歪めた。

「……俺は……王国に仕える騎士だ。命じられれば勇者を斬る。だが……」


 言葉が続かない。

 彼の瞳は、アレンを見据えたまま揺れていた。


 アレンは小さく息を吐き、言った。

「レオン。答えを出すのは今じゃなくてもいい……だが、お前が何を望むのか、それだけは忘れるな」


 その言葉に、レオンの目が揺れた。



 影の声が再び響く。

『いずれ決断の時が訪れる。勇者よ、導き手よ、そしてその友よ……

 その時、世界は新たな未来へと歩み出すだろう』


 光が激しく瞬き、全身を飲み込んだ。


――次にアレンが目を開いたとき、そこは崩壊した神殿の外。

 夜明けの光が差し込み、冷たい風が頬を撫でていた。


「……夢じゃなかったんだな」

 アレンは息を吐き、剣を見下ろす。


 レオンは少し離れた場所に立ち、剣を鞘に収めていた。

 その背中はまだ迷いに覆われていたが、同時に確かに変化していた。

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転生は一度きり、と思っていた 鳴神祈 @madochan53

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