第19章 古の声
轟音とともに、神殿の石壁がひび割れ、崩落していく。
兵士たちの悲鳴が響き渡り、誰もが恐怖に駆られて逃げ惑った。
「アレン、こっちへ!」
リディアが叫び、杖から光の結界を展開する。
眩い輝きがアレンと仲間を包み込み、崩れ落ちる瓦礫を弾き飛ばした。
次の瞬間――。
すべての音が消えた。
気づけば、アレンたちは白一色の空間に立っていた。
足元には床も大地もない。ただ、光の大海が果てしなく広がっている。
「ここは……」
ミラが不安げに呟く。
やがて、その光の中に影が浮かび上がった。
それは老いた男女のようでもあり、幼子のようでもあり、姿形が定まらない。
声が直接、心に響く。
『勇者よ……そして導き手よ……』
重く、深い声が空間を震わせた。
◆
「誰だ……お前は」
アレンは剣を構えたまま問いかける。
『我は、この神殿を創りし者……かつて世界を護るために勇者を選んだ存在……』
「世界を護るため……?」
リディアが目を見開く。
『勇者とは、本来この世界と共に歩み、未来を選び取る者。
だが、やがて人は勇者を“道具”とした。
力を与え、命を削らせ、己らの繁栄の礎とした……』
その言葉に、アレンの胸が強く締めつけられる。
自分が生きてきた日々、そのすべてを突きつけられたようだった。
◆
『問おう、勇者アレンよ。
お前はこの世界のために、己の命を捧げるか?
それとも――己の生を、最後まで貫くか?』
空間全体が震える。
アレンは言葉を失い、ただ剣を握りしめた。
「……俺は……」
口を開きかけたとき、別の声が響いた。
「待て!」
レオンだ。
彼もまた、この光の世界に引き込まれていた。
彼は荒い息をつきながらアレンの隣に立ち、影に向かって叫ぶ。
「その問いは……俺にも向けられているのか?」
影は静かに答えた。
『勇者の友よ。お前もまた、選ぶ者の一人……勇者を利用する側に立つか、共に歩むか』
◆
レオンは剣を下ろし、苦悩に顔を歪めた。
「……俺は……王国に仕える騎士だ。命じられれば勇者を斬る。だが……」
言葉が続かない。
彼の瞳は、アレンを見据えたまま揺れていた。
アレンは小さく息を吐き、言った。
「レオン。答えを出すのは今じゃなくてもいい……だが、お前が何を望むのか、それだけは忘れるな」
その言葉に、レオンの目が揺れた。
◆
影の声が再び響く。
『いずれ決断の時が訪れる。勇者よ、導き手よ、そしてその友よ……
その時、世界は新たな未来へと歩み出すだろう』
光が激しく瞬き、全身を飲み込んだ。
――次にアレンが目を開いたとき、そこは崩壊した神殿の外。
夜明けの光が差し込み、冷たい風が頬を撫でていた。
「……夢じゃなかったんだな」
アレンは息を吐き、剣を見下ろす。
レオンは少し離れた場所に立ち、剣を鞘に収めていた。
その背中はまだ迷いに覆われていたが、同時に確かに変化していた。
転生は一度きり、と思っていた 鳴神祈 @madochan53
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