第18章 神殿を揺るがす刃

夜明け前。

 神殿の奥で焚火の赤い残り火が静かに揺れていた。

 アレンは剣を膝に置き、うつらうつらと目を閉じていたが、微かな気配に瞳を開いた。


 ――馬の蹄の音。

 それも複数。


「……来たか」


 アレンは立ち上がり、仲間を揺り起こす。

 リディアは即座に杖を握り、ミラは剣を抜き、息を呑んだ。



 神殿の入口に、重い足音が響く。

 やがて月明かりを背に、甲冑の部隊が姿を現した。

 その先頭に立つのは――レオン。


「……アレン」

「レオン……」


 互いの名を呼び合った瞬間、周囲の兵が一斉に剣を構える。


「勇者を捕らえよ!」

 号令とともに、戦いが始まった。



 狭い神殿の回廊に、剣戟の音が響き渡る。

 アレンは剣を振るい、兵士たちをいなしていく。

 ミラは背後を守りながら必死に叫んだ。

「アレン、無茶しないで!」


「大丈夫だ……ここで倒れるわけにはいかない!」


 リディアは詠唱を終え、炎の奔流を走らせた。

「〈紅蓮の鎖〉!」

 炎が兵士たちの進路を遮り、彼らを退ける。



 その混乱の中、アレンとレオンの視線が再び交わった。

 二人はほとんど同時に動いた。


「アレン!」

「レオン!」


 刃と刃が激突し、金属音が神殿に轟く。

 かつて共に汗を流した訓練場の記憶が蘇る――だが今は敵同士。


「なぜ抗う! お前が戻れば、王国は救われる!」

「違う! 王国は勇者を利用するだけだ! 俺は俺の意思で選ぶ!」


 火花が散り、互いの顔が間近に迫る。



 レオンの剣筋は鋭く、迷いのない一撃に見えた。

 だがアレンの目には、その瞳の奥に揺らぎが見えた。


「……レオン、本当にそれがお前の望みか?」


 一瞬、レオンの動きが止まる。

 その隙をアレンは突けた。だが、振り下ろした剣を寸前で止めた。


「……っ!」

 レオンの表情が苦悶に歪む。


「俺は……命じられたから斬るのか……それとも……」


 兵たちの叫びが響く。

「レオン様! どうされますか!」


 その声に、レオンは握る剣を見つめた。

 額を汗が伝い、心臓の鼓動が痛いほど響く。



 その瞬間――神殿全体が揺れた。

 壁に刻まれた古代文字が光を放ち、地響きが起こる。


「な、何だ!?」

 兵士たちが混乱する中、リディアが叫んだ。

「神殿が反応している! 勇者と導き手の選択に!」


 天井から石片が崩れ落ちる。

 混乱の只中で、レオンの剣先が震え、わずかに下がった。


「……アレン……俺は……」


 その言葉は最後まで続かなかった。

 轟音とともに、神殿の奥からまばゆい光が迸ったのだ。



 アレンは目を細めながら剣を握り直す。

(選択を迫られているのは、俺だけじゃない。レオンもまた……)


 崩れ落ちる神殿の中、勇者と騎士の運命は、再び交錯しようとしていた。

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