第6話 断飛ばし

 大学の授業中に友人から「やっと春が来たな」と誤解されて、今日中はスマホの電源を切る決断をした俺は多分、現代っ子の反抗期だろう。


「カレーライスか、定食か」

「定食っと」


 綺麗に割り込んできた幼馴染に定食を決められた。別にどっちでも良かったが、急すぎて少し体が引いてしまった。すると、


「何で他人みたいに後退するの?」

「いや、少し驚いて」

「そっか、ごめん。僕が定食にするから好きなの選んで」


 琴奈は500円を発券機に入れて食堂に行った。何故か俺が悪い雰囲気を醸し出しているが、当然勝手に入って来た琴奈が悪はず、


 結果として俺も定食のレーンに並んでいる。少し前で受けっとている琴奈は受け取り後、ジェスチャーで「この席ね」と言わんばかりだったので素直に従った。


「今日はとんかつ定食だね」

「琴奈は無計画過ぎる事が多々あるぞ」

「別に良いし」

「あのな、もし今後誰かと」


「誰って何?」


 虚な目と静かに微笑む様子を見て地雷を踏んだ事を理解した。琴奈は偶にこういった衝動に出るが、長年連れ添った幼馴染には効かない。


「友人とか......彼氏ができたらとかな」

「そっか、僕に彼氏ができたらを想定して注意してくれたんだね。ありがとう......ね」


 全然笑ってない。ここの空間だけが重い。また一人一人と去って行く。今居るのは、おじいちゃん教授とイヤホンをしている男子だけ、結構詰んでますよね。


「僕に彼氏ができたら嬉しい?」

「負けてられないなって思うかな。だが祝福はするよ」

「......いらないよ。そんな感情」

「え?」


 琴奈は無言になりとんかつ定食を貪った。まるで怒りを定食にぶつけている様だった。もしかしたら違う意味だったのか? 今まで考えもしなかったけど、


「琴奈って俺の事幼馴染以上に思ってるのか?」


 ブッハッァァァァァ、


 俺のとんかつ定食が汚されかけた。驚いてモグモグが噴きそうになったが瞬時に口を手で塞ぎ、スプラッシュは避けられたが、ポトっととんかつの欠片がテーブルに落ちた。


「琴奈、ゆっくり飲み込め。それで水」

「りゅうごがわるいんだぞ。わがっでるのが」


 怒りを滲ませながら咀嚼を頑張る琴奈を見てハムスターに瓜二つだった。必死に頬を膨らませて口を動かす動作に、


「可愛いな」

 

 ブッッッッッッッッハ、


 後少しだったのか、少量のとんかつ定食の残骸が俺の顔にダイブした。驚きと周りの異様な雰囲気に恥ずかしくなった俺達は急いでトイレに向かった。


 鏡に映る俺は食欲旺盛なやばいやつだった。ご飯粒が結構付いており、肉の欠片も付いている。少し疲れながらポケットティッシュで顔のご飯を取り、戻ると、


「良吾、ごめん。汚い女って思ったよね」


 琴奈がハムスターくらいに小さく感じた。何かに怯えているのか僕の行動に敏感だった。多分、嫌われたとか気持ち悪いとか思っているのだろうが、


「別に良いよ。元ゴミ屋敷に比べれば......ね」

「アレは引越しの後片付けを少しサボって買い食いを頻発させた時だけ」

「でも元気な琴奈が俺は良いと思うよ」

「そっかな......なら今日も」


 マンションに誘うのはいつも琴奈から、俺からは言えない。何故なら家事などは将来的に自分一人でやってもらいたいから、だが今は琴奈を支えよう。またゴミ屋敷はごめんだからな。


「講義が終わったら買い出しに行こうか」

「だね」


 俺達は約束を交わして食堂を出た。周りに飛び散った残骸はしっかり掃除して、食堂のおばちゃんにも謝罪をした。おばちゃんは笑顔で「大丈夫」と言ってくれたが、少し申し訳なかった。


 講義も終わり少し日が沈んでいる現在は夕方の18時、何故か琴奈が来ない。普段なら部屋を出てすぐに一緒になるが、


「今日は少し待ってて」


 と言われて外で待っていたが、全然来ない。忘れて帰っているのかと疑ったが。多分それはない。琴奈にも事情がある事を考えながらいたが勝手に足は動いた。


「流石に心配が勝つわ」


 俺は建物の裏や人気の少ない場所を探したが居なかった。探す場所は限られているが、流石に疲れたので大学内の広場にあるベンチで座っていると、


「よ! 遅れてごめん」

「心配したぞ。何してたんだよ」

「それが......」


 琴奈は一通の紙を俺に見せた。多分アレだろう。


「昼に聞いた事もう一度言うね」


 琴奈は深呼吸して一歩俺に近づき、少し震えながら口を開けて、


「良吾は僕に彼氏ができたら嬉しい?」


 さっきは祝福すると言ったが、今は違う。居なくなった寂しさともしかして俺は好意を抱いているのかも知れないとの二色が混ざり合い、


「......う、嬉しくないかな」

「そっか、そっか、まるで嫉妬だね」

「いやいや、琴奈を貰ってくれる彼氏が可哀想だから」

「変な言い訳しない。良吾は幼馴染だけど」



「それ以上でもあるんだよ」


 琴奈と沈んでいく太陽が重なってとても眩しかった。そして、その笑顔に何度救ってもらったかを数えながら噛み締めた。今はまだ違う形だが、いずれ近い未来そうなるのなら、


「それも素敵だな」

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