第27章 深淵の秘密

 【読者の皆さまへ】

 お読みいただき、誠にありがとうございます。


 ・一部[残酷描写][暴力描写]があります。


 ・この作品は過去作「私立あかつき学園 命と絆とスパイ The Spy Who Forgot the Bonds」のリメイクです。

 ・前日譚である「私立あかつき学園  旋律の果て lost of symphony」の設定も一部統合されています。

https://kakuyomu.jp/works/16818622177401435761 

https://kakuyomu.jp/works/16818792437397739792


 ・あえてテンプレを外している物語です(学園+スパイ映画)


 以上よろしくお願いいたします。



【本編】

 プール地下の秘密水路――。

 

 かすかな誘導灯が並ぶ細い歩道を、三人は一列になって歩いていた。

 すぐ脇を勢いよく水が流れ、暗闇の底へ吸い込まれていく。

 

 ――ザアアアア……。 


 地下水路の中は、絶え間なく流れる水音に満ちていた。

「冷たいわね」

 壁や天井から水滴がしたたり、ひなたと京子の肩や髪を濡らしていく。

「水泳部の練習と違うわ……」



 ――ピチャ!ピチャ!


 

 亮が足元の水音にかき消されそうな声でつぶやいた。

「それにしても冷えるな――この通路全体が……水路って訳か?」

 京子がうなずく。

「そうみたいね……。信じられない……学校の下がこんな……」

 ひなたは顔を上げ、かすかに揺れる光を見つめた。

「明智さん……どっちに流されたのかしら?」


「今はそれより、俺たちの心配をしようぜ」

 亮が振り返り、真剣な表情で言う。


 三人は歩を止め、水の流れる方向へ視線を向けた。

 暗闇の中で、白い泡がひたすら同じ方角へ吸い込まれていく。

「水が流れるってことは……霧島川につながってる、そういうことかな?」

 京子がかすかに希望を込めてつぶやく。


「ここでは、スマホは使えるの?」

 ひなたはスマホを取り出し、画面を確認する。


 ――圏外。


 画面表示は、ひなたたちに頼れる情報はどこにもないことを示していた。

「ダメ。やっぱり使えない」

「ここまで念入りとはな――」

 京子と亮も同じようにスマホを掲げ、落胆の表情を見せる。


「方向がわからない……暗すぎる」

 ひなたは小さく唇を噛んだ。

 だが、亮が拳を握り、声を張った。

「仕方ない。流れに沿って進むんだ!」


 京子がためらうように視線を落とす。

「……その先に……明智さんも流されて行ったのかもしれない……」


 ひなたは二人を振り返り、きっぱりと首を振った。

「……わからない。でも、行くしかない!」


 その言葉に、京子の目がわずかに光を取り戻す。

 亮もうなずき、三人は再び歩みを進めた。


 ――ピチャッ、ピチャッ……。


 地下水路の歩道を三人は慎重に進んでいた。

 冷たい空気と水滴が、肌を刺すようにまとわりついてくる。


 ――その時だった。


「……おい、あれ……!」

 亮が声を低く漏らした。


 暗闇の奥に、かすかな影が見えた。

 細い手すりに足が引っかかり、今にも水路へ落ちそうに揺れている。


 ひなたたちは息を呑み、ゆっくりと近づいた。

「……人?」

 京子が青ざめた顔でつぶやく。


 光の届く距離まで近寄ると、それははっきりと見えた。

 ――テニス部キャプテン、明智冴姫。


 制服はぐっしょりと濡れ、髪が頬に貼りついている。

 意識はなく、首には何かで強く締め付けられたような痕が残っていた。

 そして、両手の指先は血に染まっている。


「明智さん!」

 ひなたの叫びが水路に反響した。

 京子は駆け寄り、冴姫の肩を支える。

「すぐ引き上げて!」

「よし! 三人で行くぞ!」

 亮が声を張り、三人は互いに目を合わせる。


 三人は冴姫のあらゆるところを掴む。


 ――ひなたはブレザーの左側。


 ――京子は右側から身を乗り出し、右腕と右肩に手を掛ける。


 ――そして、亮が冴姫の足元に回り込み、両足に手をかけた。


 すると、亮の口元が少し緩んだ。

「うぉほ……」


 ひなたが亮に視線を移す。

 そこには、亮が冴姫の濡れた臀部に視線を奪われていたのが見えた。

「何見てんのよ!亮!」


 ――ドカッ!


 ひなたは思わず手を離し、亮のみぞおちに肘鉄を食らわせた。

「うげ!」

 思わず、亮も冴姫を支える手を離し、みぞおちを押さえる。


 ――グラッ……。


 冴姫の身体が揺らめく。

 すると、京子が咄嗟に叫んだ。

「なにやってるのよ!落ちるよ!」

 気が付けば、京子が一人で懸命に冴姫を引っ張り上げている。


 ひなたと亮はすぐに視線を向けなおす。

「ごめん!京子!」

「不可抗力だろうがよ……」


 そして、気を取り直して三人で冴姫を掴む。

「せーの!」

 渾身の力で、彼女を引っ張りあげた。


 ――ドサッ!


 ずぶ濡れの冴姫の身体が床に投げ出される。

 濡れた制服が張り付き、グラマラスなシルエットが浮かび上がる。

 京子がひなたと亮に視線を向け、少しあきれ顔で言う。

「他所でやってよね――」


 亮が軽く抗議する。

「ひなたが余計なことをするからだろ?!」

 ひなたの顔が少しむくれる。

「知らない!」


 そこに京子の不安さを帯びた声がこだました。

 顔も少し怯えている。

「それよりも――生きてるの?」

 

 ひなたの顔が引き締まる。

「そうだった!」

 そして、冴姫の頬を叩きながら叫んだ。

「明智さん! しっかりして!」

「明智さん!」

 亮の表情も引き締まっていた。


「う……うう……」

 かすかな声が冴姫の唇から漏れた。


「生きてる……!」

 ひなたの目が大きく見開かれる。

 京子は震える手で冴姫の手を握りしめた。

「明智さん……!」

 亮は安堵の息をつきつつ、険しい表情を崩さなかった。

「……けど、何があったんだ?」


 ――ゴウゴウと水の流れる音が、再び三人の鼓膜を打ち続けていた。


【後書き】

 お読みいただきありがとうございました。

 是非感想やコメントをいただけると、今後の励みになります。

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