虚数という厳密かつ有意義な虚構が、人の矜持を正確に記述する奇跡

虚数。現在は高校の「数Ⅱ」で学びます。多くの生徒(学生と呼ばれるのは大学から)が生理的嫌悪感を示し数学教育から脱落する課程の一つ。カクヨムユーザーの多くはいわゆる文系と思われますから、苦々しく思うユーザーが多いでしょう。

理学部に進んだ身として言えるのは、虚構であり生理的嫌悪感を覚えても厳密に定義すると役に立つルールが存在するということ。カクヨムを読み書きするスマホやパソコンやネットワーク機器の設計は、人類が虚数をでっち上げていなければ不可能でした。虚数は虚構、されど有意義。文系の皆様が恨んでも、揺らぎません。

その虚数が、サムライという言葉に代表される人の矜持と出会ったなら、その結果は。

大げさに言えば奇跡、控えめに言っても目の前でなされたテーブルマジック。美しく符合することに喫驚しました。実は僕はタネを明かされるとある程度分かります。だからこそ、この手品が着想から無駄を切り落とす推敲に至るまで高い水準で成されたことに驚いています。

本作で描かれる矜持は、時代の変化により消えていく何か。時代から消えていく何かを、技術革新を駆動する数学の概念を用いて描写する妙たるや……

数学の虚構と人の情、二つを(偶然ではなく)意図的に結びつけた人の思考と意思に、頭が上がりません。

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