第30話  頼りないかな

 早速便箋を買おうと、百貨店に来た結城だったがあれこれと種類を選んではあれも違う、これも違うと悩みに悩んでいた。


 最近、様々な事があった結城だったが、一番悩んでいると言ってもよいかもしれない。


 色々と種類が豊富な便箋を、睨めっこしながら選ぶ。


 これかな、なんて手に取って考えていると、いつの間にか人が立っていた。


「み、御影君」


 横目でちらりとその顔を確認すると、やはり見たくもない人間だった。


 新条沙耶。


 中学校時代、結城の心を壊すことに一役買った人間だった。


 ここ一か月ほどで己に不幸な事ばかり起こっていて、お祓いにでも行こうかと考え始めるが、そんなものにお金を使うのも勿体ないだろうと馬鹿な考えを捨て、また便箋選びに集中する。


「大変だったね。ごめんね、力になれなくって」


 聞きたくはない声で、別に頼りにもしていない人からそんなことを言われて元々話す気がなかった結城のメンタルはマイナスにまで落ち込み、完全に口を閉ざし開くことは無いだろう。


 結城のそんな様子に、その少女は悲しそうな顔をするも仕方がなさそうにその場から離れて何処かへと消えた。


 沙耶の事を完全にシャットアウトしていた結城は、いつの間にか現れては消えた沙耶はやはり怨霊か何かなのではないかと思い、お祓いを検討するか悩みながら便箋を選び決めて会計を済ませる。


 あれだけ悩んだ割には結果的に一番シンプルなものに落ち着いた。


 書くことは決まっているがどう書くかは決まっていない為、これまた悩みながら歩き、駅のホームで電車を待っている。


「結城君、また何か悩んでるの?」


 そう声を掛けてきたのは、夢だった。


 沙耶と同じようにどこかからいつの間にか現れた夢だったが、沙耶と違う点は結城にとって夢という人間は嫌いではないということ。


 だから、結城は言葉を返した。


「いえ、いじめとかで悩んでいるわけではないんです」

「じゃあなんでそんな顔しているの?」


 恭介、夢のような結城の顔の変化には一層敏感な二人ではなくとも、今の結城は悩んでいますよという顔をしている。


 結城がまた何か厄介なことに巻き込まれているのではないかと心配する夢。


 しかし、結城はどう言い訳しようか悩む。


 馬鹿正直に夢と恭介に宛てた手紙を書くつもりで、その内容について考えていたんですよという訳にもいかずに黙ってしまう。


「ちょっと、色々と考え事をしていて」

「考え事かぁ。どんな事とか聞いても良いかな?」


 夢としては、ただ結城の事が心配で踏み込んだ質問をしているのだが、それで結城の事を悩ませていることが分からない。


 分かるはずがなかった。


「別に、本当に大したことではないので」

「...ふぅーん、そっか。じゃあもうこれ以上聞かないけれどほんとに何かあったら言ってね」

「ありがとうございます」


 何とか危機を逃れ、つかの間の安息を手に入れた。


「で、その手に持ってる茶色の紙袋は何?何か買ったの?」

「これ、ですか」


 一難去ってまた一難。


 どう言い訳をしようか。


「これは、文房具を買ってきたんです。色々と足りないものが多くて」

「...そっか」


 夢は盛大に勘違いをしていた。


 結城が文房具を買う理由が、この前の虐めによって壊されたり無くされたものだと思ってしまったのだ。


 確かにいくつか駄目になったものはあったが、勉強できなくなるほど多くは壊されてはいない。


 数分の沈黙の後、待っていた電車がついた。


 お互い何も言わずその電車に乗り込み、目的地まで揺られる。


「私って、そんなに頼りないかな」


 そうぼそっと小さく呟いた夢。


 それを聞いた結城は、言葉を返そうとするもなかなかうまく言葉が出なかった。



 


 


 


 

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