第31話 父さんへ

*********


 恭介さんへ 


 手紙を書くなんてあまりしたことがないのでどんな言葉で、どう伝えればいいのか分かりませんがどうにか感謝を伝えたくて手紙にしてみました。


 僕が小学生の頃、公園で小さく泣いていた僕の手を取ってくれた恭介さんの顔を今でもずっと覚えています。手の暖かさも、僕を前に引っ張ってくれた恭介さんの手も。


 ありがとうございます。あの時僕の事を助けてくれて。


 あの時、恭介さんが手を差し伸べてくれていなかったら、その先で僕はきっと自ら命を絶っていたかもしれません。

 

 恭介さんはそれからも僕の事を助けてくれました。


 小学校、中学校、そして先日あったこと、その他にもいろいろと。


 その度に恭介さんは僕の事を助けてくれて、傍にいて支えてくれました。恭介さんが居なかったら今の僕は絶対にいないって言えます。


 恭介さんのおかげで、何とか今日も生きていこうという気持ちになれています。


 どれだけ感謝の気持ちを伝えようとしても足りないし、こんな手紙一つで恩返しをしたつもりもないです。


 でも、感謝の気持ちを形にしたくて考えたのがこの手紙でした。


 内容もごちゃごちゃとしていてわかり辛いかもしれませんが、恭介さんにこの手紙で少しでも僕が感謝していることを伝えられたらいいなと思います。


 最後に、以前僕が恭介さんの事を父さんと呼んだ事を覚えていますか?


 これからは、マスターではなく、恭介さんでもなく、お父さんと呼んでも良いですか?


 義理でもないし、血も繋がっていない。恭介さんが偶々助けてくれた僕ですが、父さんと呼んでも良いでしょうか?


 散々迷惑をかけて何を言っているんだと思われてしまうかもしれないけれど、僕にとって恭介さんは第二の父親だと思っています。


 暖かくて、頼りになって、見守ってくれる。


 そんな恭介さんの事を、父さんと呼んでもいいでしょうか?


 嫌だったら、この部分は切り取って捨ててくれても構いませんし、手紙そのものを捨ててくれてもいいです。


 この手紙を読んでくれてありがとうございました。


************


 いつもの喫茶店。


 閉店後の店内で結城、恭介、夢の三人がいた。


 恭介と夢にはそれぞれ花束を抱えている。


 結城から貰った花束を抱えた恭介の目から涙がこぼれる。


 いつも結城の前では格好いい顔で、頼れる大人であろうとする恭介の顔はくしゃくしゃになって、涙が止まらなくなっていた。


 その様子に結城は慌てて、どうにかこうにか泣き止んでもらおうと四苦八苦していると、花束をテーブルに置いた恭介が結城の事を抱きしめた。


「良いに決まってる。これからは父さんと呼びなさい」


 結城は恭介に抱きしめられ、そう言葉を掛けられると不安だった気持ちが吹き飛んで胸がじんわりと温かくなってそっと、少しだけ恐れながらも抱きしめ返した。


 その様子を寂しそうに見ていた夢だったが、その様子に気付いた結城は恭介の抱擁から離れて、そっと近づいた。


「あの、夢さん」

「どうしたの?」

「これを」


 そう言って渡したのは、恭介と同じ便箋だった。


「わ、私に?」

「はい。短いので話して伝えた方が良いかなって思って渡すかどうか迷っていたんです」

「そ、そうなんだ」


 まさか自分にもあるとは思っていなかった夢は、びっくりしつつもどこか嬉しさを隠しきれていなかった。


「今から話すのは、その手紙と同じ内容ですが、聞いてくれますか?」

「う、うん」


 夢とまっすぐ相対した結城は言葉を紡ぎ始めた。


「先日、夢さんは頼りないかなって言っていました。あの時は何も返せなかったけれど、今は返せます」

「夢はさんは頼れる人です。今まで、散々女性に騙されてきた僕ですけれど、そう思えます。そう思いたいです」

「夢さんは僕の事を考えて色々と提案をしてくれたし、守ろうとしてくれました。お弁当の事もそうだし、日向アリサの時も、綾香の時だって」

「いつも夢さんは僕の事を支えようとしてくれていました。それを見ようとしていなかったのは僕です。ごめんなさい」

「夢さんの事は、今でも少し苦手ですがこれから少しずつでもいいから信じようとしてみます。夢さんは信じなくても良いって言ってくれましたが、夢さんが歩み寄ろうとしてくれているから、僕もほんの少し歩み寄りたいと思います」

「上から目線でなんだと思われるかもしれませんが、伝えたいことはそれです」


 結城の話を黙って聞いていた夢だったが、恭介と同じように夢も泣き始めてしまった。


 恭介も先ほど泣いて涙脆くなっていたからか、それを見ていたからか、また瞳に涙を浮かべる。


 結城は恭介が泣いた時以上に、どうすればいいのか分からず、二人を泣き止ませようと必死に動いていた。


 数分後、どうにか二人が泣き止むと、夢と恭介は二人顔を合わせて笑みを深めた。


 結城は何を笑っているのか分からなかったが、二人が笑顔ならばそれでいいかとそう思う。


 なんとも平和な、喫茶店だった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る