第27話 お代はお前らの人生で
入ってきた感じの悪い客ともいえない人間をどうするか迷う。
結城が嫌な顔をしたことと、それに加えアリサから貰った動画で綾香のお友達である美鈴とその仲間たちが映っていたことからも,この女子高生たちが結城を虐めている人間だと分かった。
「お父さん」
「...これは逆に好都合かもしれないからこの子たちを入れようか」
夢と恭介は静かにそう会話をする。
「あ、三名ですね。こちらの席へどうぞ」
「ありがとうございます。でも、私たち実は御影君と同じクラスなのでせっかくなら御影君に接客してもらいたいです」
そう笑みを浮かべて言い放った美鈴を、内心殴り倒したい気持ちになりながらも一応、結城の方へと視線を向けた。
結城は結城で、これ以上夢と恭介に迷惑を掛けたくないから本当に致し方なく接客をすることにした。
「お待たせしました、こちらの席へどうぞ」
「ね、待たせすぎだよ。あ、それとあっちの席がいい」
美鈴たちがそういった。
その言葉にイラつきながらも、何とかいったん席に着かせた結城は恭介の元へ。
「ごめんなさい、巻き込んでしまって」
「いや、良いよ。...結城君、安心してね」
恭介の目は意思の籠った強い目をしていた。
美鈴たちが席に着いてから数十分後、呼ばれたため行きたくはないができるだけ早くいく。
「御影遅いし、それに加えてなにその顔。そんなんで接客しないで。気分悪いんだけれど」
「申し訳ございません」
日頃のストレスを発散しようとするクレーマーよりも質が悪いゴミのような客だが、ここは客と店員の関係の為、素直に下げたくもない頭を下げた。
これで恭介や夢、常連さんの心の負担を軽くできるのなら安いとそう思ったのもあった。
人数分の飲み物を頼んだ美鈴たちのオーダーを聞いてから、恭介にそれを伝える。
店内の雰囲気は最悪と言っても良いほど凍えていて、 この店の良いところである暖かい雰囲気は無くなっている。
いつもであれば常連さん達と、お話ししたりゆったりしたりしている場所であるはずなのに。
だが周りの雰囲気とは対照的に、美鈴たちだけは楽しそうに汚い笑いをしている。
ここ数日のストレスと気分の悪さで、心が更に荒みそうになる結城だったがそれ以上に恭介の事を考えれば、自分がここで美鈴たちに暴言や酷い接客をした時の方が良くないと判断している為、我慢する。
十数分後には恭介も、オーダーされたものを作り終えたので、それを結城が慎重に持っていく。
あと少しで席に到着するというところで、何故か急に足が縺れた。
何かに引っ掛かったというのが正しいだろう。
酷い音がして、飲み物が転がった。
カップは割れて、足元にコーヒーの黒いシミが広がっていく。
「あっつ。ねぇ、何してるの御影。最悪なんだけれど」
零させた張本人がそういうから今まで溜まっていたものがすべて出そうになって口を開きかけるが、最後の理性が働いてどうにか押し留まることができた。
「申し訳ございません」
「ほんとに最悪なんだけれど。スカート濡れちゃったし」
「申し訳ございません」
心を殺してただ謝る機械と化して、何とか耐える結城。
美鈴たちが更に追い打ちを掛け、結城の心はもう耐えられない程になっていたところで恭介と先ほどから静かに話し合っていた夢がそこに入った。
「任せて、結城君」
そう言って、結城の隣に立った夢。
「お客様、先ほどから見ていましたがマナーも態度も最悪です」
「は?どこがですか?私たちはただクラスメイトと会話していただけですけれど。こんなの良くあるコミュニケーションじゃないですか」
つらつらとそんなことを言う愉快な綾香のお友達さん。
だが、夢は怒ることはなく逆に余裕をもって話を続ける。
その様子に少しだけ違和感を覚えた美鈴だったが気のせいだと割り切って、あくまで客である自分たちの方が有利であると考えた。
それに監視カメラには映らないようにしていたし大丈夫だろうという思いもあったため話を続けた。
「あなた、結城君に足を掛けて転ばせましたよね?」
「見間違いじゃないですか?」
飄々とした顔で美鈴はそんなことを言った。
その様子に夢が更に追撃を掛けようとしたところで、恭介がそこに入った。
「見間違いじゃないよ。君たちがしていたことは俺がしっかり見ていたからね」
「だとしても、証拠もないですよね?それにだとしても間違って出しちゃっただけですよ」
あくまで間違いだったと強気で話してくる美鈴。
「私は見ていたけれど、この子たちはわざとやっていたよ」
そこで入ってきたのは、結城の頭を撫でた常連のおじいちゃんだった。
それに続いて、他の常連さん達も結城の見方をするために続々と声を上げた。
「結城君はしっかりと接客していたよ」
「そこの小娘たちは態度も悪けりゃ、することも最悪だね」
まさかの加勢に、美鈴は驚いて自分の状況が状況が悪くなっていくのを感じる。
「しょ、証拠は?」
焦ってそういってしまった。
「あるよ」
そう返されることを予想していた夢は、スマホを見せてニコッと笑った。
「滑稽だね。監視カメラに気を付ければ証拠はないとでも思ったのかな?それに、君は詰めが甘いね。監視カメラって別に君が気にしているあそこのカメラだけじゃないからね」
ニコニコと笑いながらその動画を再生した夢。
しっかりと、結城が運んでいるところに態と足を掛ける美鈴の様子が映っていた。
「ねぇ、バレないとでも思った?舐めすぎだよ」
夢は相変わらずニコニコとしているが、その目は深淵のようにどす黒かった。
「今まで、何もかもうまくいっていたから驕っちゃったんだね。顔が可愛いから許されていたのかな」
夢は淡々と冷たい瞳で見つめた。
「今から全部、壊してあげるからね」
夢は今まで浮かべていた笑みを一転させ、真顔になり、増悪の籠った声でそう言った。
「夢、落ち着きなさい」
夢のそんな様子に恭介は、肩にそっと手を乗せ、落ち着かせた。
「君たち。まだわざとじゃないって言うのかい」
恭介がじっと、怒りを抑えた声でそう言った。
夢に落ち着きなさいと言った恭介だったが、夢と同じかそれ以上に美鈴たちに怒りが募っている。
美鈴たちは、恭介の、大人の怒りに触れてもしかして自分たちはやりすぎてしまったかもしれないと初めてそこでそう思った。
今まで自分たちは、学校でも家でもカーストの一位であり続け、甘やかされ、見逃されていた為ここまでの怒りを向けられることは無かった。
今までにない恐怖にかられる。
「このことは、学校に報告させてもらうよ。それと、結城君を虐めている件についても教育委員会にも報告させてもらう。君たちの教師はあてにならないからね」
夢が隣でニコニコと、アリサから快く譲り受けた結城を虐めている動画を再生した。
淡々と、これから行うことを美鈴たちに告げた。
「弁護士でも、何でも雇うからそのつもりでいてね」
恭介はまだ、学校を絶対に辞めさせること、ここから先の人生を出来るだけ苦しい思いをさせようとか、様々思っていることはあったがここでは言わない。
「ご、ごめんなさい」
事の重大さに今さら気付いた愚か者たちだったが、もう遅かった。
夢が前に出てこう言った。
「おかえりください、お客様。お代は結構ですので」
先ほど以上に満面の笑みを浮かべて、店のドアを指差した。
美鈴たちはこのままここに居座って謝っても、事がよくなることは無いとは分かっているが流石にこのまま帰ったら良くないことがこれから起こることは、馬鹿な脳みそをフル活用して理解していた為、また謝罪を口にしようとする。
「ごめんなさ」
「君たちはもう出禁だよ。ここにいるべきじゃない。それといくら謝っても俺の可愛い息子をこんなにしたことを絶対に許しはしない」
無情にも恭介は冷たい瞳で美鈴たちに言い放った。
濡れたスカートのまま、いそいそとこれ以上怒りを買わないよう縮こまってそそくさと逃げていく。
来店したときの横柄な態度とは、違って小さく静かに退店していくのを見送ったその場にいた全員が結城に静かに寄り添った。
「結城君、ごめんね。もう少し早く助けられれば」
「結城君、よく頑張ったね」
「結城君、大丈夫」
恭介、夢、いつも来てくれている常連さんたちが温かい言葉を結城へと掛ける。
結城の先ほどまで荒み、更に取り返しつかなくなるほどぐちゃぐちゃになりそうだった心は、ゆっくりと穏やかになっていった。
「夢ちゃんも良く言った!気持よかったよ」
「夢ちゃんが言わなかったら、私が怒鳴りつけていたよ。ありがとね」
夢にも賛辞が送られ、気恥ずかし気に笑う。
「マスター、これから面倒になるだろう。私も協力するよ。なんて言ったって結城君の為だからね」
「私もするよ」
「俺も微力ながら、加勢させてもらおうかな」
自分の為に、これほどの人が味方してくれるなんてことが今までになかった結城は、どう反応すればいいかわからず何も言えない。
結城が何か、必死に言葉を探して思いを伝えようと頑張っている時。
夢は窓の外を見ていた。
景色を見つめているわけではない。正確に言えば、店の外でこちらを静かに窺っている一人の女生徒の顔を見ていた。
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