第9話 話したい事
結城が綾香の事をこっぴどく振った次の日。
結城は今日も母親と妹には何も言わずに家を出て、学校までの道のりを特に何かを考えるわけでもなく歩き、途中で昨日と同じように朝ご飯と昼ご飯を買おうとして、パンコーナーで何を買うか迷っていると隣に誰か並んできた。
コンビニは小さい建物なので、隣に誰かがいるなんてことはいくらでもあり得る。
だが、同じところにいるのはどうにも居心地が悪いため、さっさと買ってしまおうとそう思って、結城がメロンパンを一つ手に取る。
「あ、結城君がそれ買うなら私もそれ買おうかなー」
突然名前を呼ばれたから、誰かと思ってみて見ると昨日もバイトで会った夢であった。
「おはよ、結城君」
夢は、にっこりと笑って結城へと挨拶をした。
相変わらず結城は夢に対して、女性に対して苦手意識があるが、無理やりとはいえ旅行もつれて行ってくれた上に、夢の父である恭介にお金まで払ってもらってしまった。バイトでも会う。それに、別にこの人に何かされた訳でもない。
挨拶するか迷った末に、結城も口を開いた。
「おはようございます」
「ふふっ、無視しないでくれるんだー。ありがとう」
また夢は嬉しそうに笑って結城の顔を見る。
結城はそれに何も返さず、メロンパンの他に適当に食べ物を買ってからコンビニを出る。
すると、後ろから直ぐに夢が来て隣に並んだ。
「もー、結城君早い」
「別に待つ必要はありませんから」
「せっかく、会えたんだからどうせなら途中まで一緒に行こうよ」
また結城はそれを無視して、そのまま歩く。
そんな結城に対して夢は相変わらずどうとも思っていない様子で続けて話しかけた。
「結城君は、最近コンビニでご飯買ってるの?」
「はい」
「そっか」
何かを察した様子で、夢はそう言ってまた口を開く。
「じゃあ、私が毎日、お弁当作ってあげようか?」
「要りません」
夢の突飛な提案も、ノータイムでそう切り返した。
「結城君だって、まだ高校生なんだからお金は大事に使わないとだよ?」
「そうですが、夢さんにそうしてもらう義理もないし、借りも作りたくないです」
「別にそんなこと思わなくてもいいんだけれどな」
そこで区切って、結城の方へと顔を向ける。
「だって前も言ったけれど、私は結城君の事好きだから。だから、義理とか借りとかじゃなくて、私が作りたいから言ってるんだから」
「そうですか」
夢の渾身の告白も相も変わらずスルーされる。
「もしかして、女の子が作った料理を食べたくないってことなのかな?それとも、私だけ?」
「それもあります。ですが、別に夢さんの料理はバイトでも食べたことが何度かあるのでそこまで気になりません」
結城がこう言ったことで、夢は笑みを深めて頷いた。
「そっか、そっか。じゃあ、やっぱり作ってこようか?」
「要りません」
夢はがっくりと肩を落として、トボトボと結城の隣を歩く。
「それじゃあ、私のお父さんに言って作ってもらう?」
「それも駄目です。マスターに迷惑をかけすぎても良くないですから。この前も迷惑を掛けちゃいましたし」
「お父さんはそんなことを気にしないと思うけれど。結城君は俺の息子だーって思ってると思うし」
夢の言葉に、結城の口角が少しだけ上がった。
「そうですか、マスターにありがとうと伝えておいてください」
「うーん、それは結城君が言った方がいいと思うなー」
自分の父親が褒められるのは嬉しいものの、それはそれ、これはこれ。
若干むすっとした返しをする夢に結城は確かにそうかと思って「分かりました。自分で伝えます」とだけ返した。
夢はまだ諦めていないのか、うーんと考え歩いていると思いついたのかまた結城へと顔を向けた。
「じゃあ、食費分をバイト代から引いてもらって私が作るっていうのはどう?それなら借りにはならなくないし、コンビニで買うよりも安く済むと思うよ」
「なります。夢さんが作る手間という物がありますから」
結城の冷たい言葉に夢は笑みで返した。
「結城君は勘違いしてるね。私は作ってあげてるんじゃないよ、作らせてもらってる立場だよ?だから、借りがあるのは私の方だね」
「そんなの詭弁じゃないですか」
「詭弁だろうが何だろうが、弁は弁です。反論してください」
夢の好きというこの議論で最強の立場でものを言われてしまっては、何かを返そうと考えても今は何も考えが浮かばずすぐに返せる言葉がなかった。
「じゃあ、明日から早速お弁当を作っちゃうね。毎朝、あのコンビニで待ってるから」
そう早口で、結城の回答も待たずにそのまま歩くスピードを速める。
「じゃあ、私は一限があるのでまた明日ね」
「ちょっと、待ってください」
その言葉も待たず、夢は行ってしまった。
どうしたものか。夢に何か言い返せないかと考えながら、結城も学校へと急ぐ。
教室に入り、自分の席に座ってみて考えても答えは見つからない。
うんうんと悩んでいると、誰かが此方の席へときた。
「おい、御蔭」
結城が視線を上げ、誰かと思ってみると綾香のつるんでいった連中の一人だった。
「話したいことあるんだけれど」
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