第8話 日向アリサ・清水夢視点

 何も手がつかないまま、私はベッドへと自分の身を放り投げるようにして飛び込んだ。


 学校に行かなければいけないなんてことは分かっている。けれど、今、学校へ登校しても授業をまともに受けられる状態じゃない。


 結城の言葉が呪いのように頭の中でずっとリフレインして、心の中で不安が渦を巻いている。


「お前が虐められていたのを僕が庇ったのに、そのお前が僕を見捨てたことを詳しく話してやろうか?」


 この言葉が頭から離れない。


 私の過去。


 犯してしまった過ち。


 今まで、結城は私が過去に犯してしまった罪をずっと見ないふりをしてくれていた。ないことにしてくれていた。そんなことは最初からなかったよという振る舞いで、私と接してくれていた。


 それに甘えていたのは私。


 結城が優しくしてくれているからという理由で、私も見ないふりをして何もなかった振りをして結城と接していた。


 そんなこと、許されちゃいけないのに。


 加害者の私が見ない振りをするなんて絶対にしちゃいけないのにそれをしてしまっていた。


 このままでいいのかという不安はずっとあったけれど、言い出せずにいた。あの時の私を清算しなければいけないという事は自分でもわかっていた。


 でも、怖かった。


 結城からすれば物凄く気持ちの悪いことかもしれないが、私は、私の事を救ってくれて一緒に遊んでくれていた結城の事が好きだったから。


 自分から裏切った癖に何を言っているんだと思われるだろうけれど。


 だから、過去の私の醜い裏切りを詳細に話して、優しい結城に甘えられる環境を壊したくなかった。


 でも、だって。だけど。しょうがない。


 全部、全部私の悪い癖。なんにも見ないふりをするくせに甘い汁だけを啜ろうとする。悪いことは全部知らない振り。


 自分が情けなくて、涙が出た。


 過去の醜い行動を思い出して、更に涙を流す。


 泣いて、声を上げて嘆いて、どうしようもない現状に心が苦しくなって、顔がぐしゃぐしゃになった。


 だが、いつしか涙も枯れて現実に向き合わなければいけなくなった。


 いつの間にか部屋も暗くなり、太陽は沈んでいた。


 薄暗い月の光が私を照らした。


「そうだ、どうして結城は」


 見ないふりをしてくれなくなったのだろう。


 優しくなくなってしまったのだろう。


 何か原因があるはずだ。


 それを取り除けばもしかしたら元の関係に戻れるかもしれない。


 そして、私の過去を清算すればもしかしたら。


*****


「ねぇ、清水さん。今日合コンあるから来てよ。清水さんの事全然知らないし、この機会で知りたいな」

「あー、興味ないからパスで」


 誰だっけ、こいつ。


 ....あぁ、そうだ。


 初回でたまたま席が隣でそれからやけに絡んでくるようになった、面倒な人間だった。


「えーでも、清水さんが来てくれるときっと盛り上がると思うんだよ。少しでいいからさ」

「私が楽しくもなんともないから行かない」


 お前らが盛り上がろうが何しようがどうでもいいけれど、私はお前らといて楽しくもないし面白くもないし、不快でしかない。


 どうせ、お前のような奴の友達なんてお前みたいな人間だろうから。


 類は友を呼ぶといった昔の人はすごいと思う。


「お願い、ほんのちょっとでも」

「うざい、キモイ、しつこい。面倒な人間は嫌われるよ。って言うか、私はあんたの事嫌いだし。だからいつまで経っても童貞なんじゃない?」


 流石にしつこいから思っていたことが全部出てしまった。


 こいつが童貞かどうかも知らないけれど口から洩れてしまっていた。


 でも私の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして怒っているから図星だろうな。


「うるせえよ。はぁ?童貞じゃねぇし。黙ってろよビッチ。もう二度と誘わねえから」

「ありがとう、助かる。じゃあねー、二度と汚い面見せないでね」


 捨て台詞を吐いてどっかに言こうとするあいつにちゃんと挨拶をしてから、スマホへと視線を移した。


 それにしても、ビッチね。


 私一回もしたことないんだけれど。


 あいつも多分童貞と言われて腹が立ってあんなこと言ったんだろうけれど、ビッチと言われるのは心外である。


 私は結城君一筋なのに。


 もし何かの手違いで結城君の耳に私がビッチであるなんてデマが入ったら本当にあいつを殺してしまうかもしれない。


 まぁ、いいやあいつの事を考えるなんて時間の無駄。


 今日は結城君がバイトの日だから帰らないと。


 彼女と別れて絶好のチャンスなのだから。


 心が壊れてしまって、女の子の事を全員警戒するようになってしまったけれど、別にいい。


 私は今まで彼の事を裏切ったりしていないから。だから、他の女よりも断然優位な立場に立っている。


 それに、私だけ彼に認めてもらえればほかの女は彼の眼中からいなくなる。


 私は結城君のものだし、結城君は私しか見ていない。


「はやくかえろーっと」


 私は大学を出て、帰路へと着いた。


 

 


 

 


 


 


 

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