第5話 ヒロイン気取り
「またね、明日結城君」
「またあおーね」
一泊二日の旅行が終わり、結城はそのまま車で家まで送ってもらった。
「ありがとうございました」
「いや、いいんだ。無理やり連れだしたし、俺の我儘だから」
「だとしても、ありがとうございました」
結城は恭介へと深々と頭を下げた。
恭介が自分の事を心配して、家に泊めてくれたり、旅行へと連れて行ってくれたりしたことは理解していたから。
「そうだな、じゃあ。明日のバイトは遅れないように」
「分かりました」
「それじゃあ、今度こそまた明日」
そう言って、恭介は車を走らせる。
すると、後ろの窓から顔を出して夢が笑顔で手を振ってきた。
どんどんと遠くなっていき、顔が分からなくなるほど遠くなったところで億劫な気持ちをどうにか押し殺して、玄関の方へと足を向けた。
警察に捜索願を出されても面倒なので、昨日の内に今日帰ることは伝えたためそこまで大事にはなっていないだろうが、とやかく言われるのが面倒だし、妹と母親とは関わりを持ちたくない。
はぁ、とため息をついた結城は前まで軽かった玄関を開ける重みが何倍にもなって重みが増していると感じた。
家に入ると、ドタドタと慌ただしい様子で母親が此方へと駆けてきた。
「結君。どこに行ってたの?心配したんだよ」
そういう母親である愛花は、顔に心配と書かれているのではないかと錯覚してしまうほどに焦った様子でそう言った。
結城は愛花に一瞥もせずに玄関から自分の部屋へと直行した。
「結君?ど、どうしたの」
一切何も話さない様子の結城に不安そうに手を伸ばそうとした愛花に向かって、ギリっとした目を向けた。
「触らないでくれますか?」
「....え?」
一瞬、何を言われたのか分からずにフリーズしてしまった愛花はそのまま去っていこうとする結城を止めることはできない。
階段を上がっていく結城へと、もう一度声を掛ける。
「わ、私何かしちゃった?ごめんね」
愛華のその様子に結城は振り向いて心底嫌そうな顔を浮かべながら、こういい返した。
「今までどうして、僕があなたたちを信用しようと努力していたのか分からなくなりました」
「え?」
「あの時信じてもくれなかったあなた達をどうして僕が許してまた信じようとしたのか。ほんと、僕は馬鹿だな」
そう吐き捨てて、そのまま二階の自室へと入っていく結城。
愛華は今度は何も言えずにその場で立ち尽くして、茫然自失となってしまう。
一昨日、何か自分は結城にしてしまっただろうかと振り返って考えてみるものの、やはり心当たりがない。
一昨日の朝は、愛花の「いってらっしゃい」という声に笑顔で「いってきます」と言ってくれていたのだ。
それなのに結城は今、ああなってしまっているのだから家に帰っていない間に何かあったとしか考えられない。
もう一度、結城の部屋へと向かう階段へと足を掛けようとするも、どうにも一歩が進まない。
「あの時信じてもくれなかったあなた達をどうして僕が許してまた信じようとしたのか」
結城の言葉が釘のように深々と杭を打たれて、胸を押さえ、その場で座り込んでしまう。
何分か、はたまた何十分か分からない程その場で座り込んで、胸の痛みに苦しんでいると、玄関の扉が開く音が聞こえた。
「ただいまー。.....お母さん、どうしたの」
帰ってきたのは結城の妹である怜であった。
階段の傍から動こうとしない愛花の様子に、心配そうに声を掛けるが帰ってくる言葉はない。
「どうしたの?何かあった?」
再度そう聞くと、母親である愛花は怜の方へと視線を向けてぽつりと呟く。
「結君が帰ってきたの」
「え、兄さんが帰ってきたの?よかった無事だったんだね」
そう安堵した様子で怜は胸を落ち着かせるが、考えてみるとおかしいことに気付く。
結城が帰ってきたのに、愛花がこれほど憔悴するわけがないから。
結城が居なくなっていた時よりも、ずっと顔に生気がない。
もしかして、兄である結城が何かをしたのではないかとそう考えた怜は話を聞くために階段を上ろうとするも、途中で愛花に止められた。
「ダメ、行っちゃ。私たちは行っちゃダメ」
「どうして?」
「ダメなの。ごめんなさい、結城」
そう呟いてまた話さなくなった愛花に怜は何も言えずに、座り込んだ母の背中を撫でた。
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