第15話 クリスマスデートと同僚男子

「うわ…」


部屋の窓を開けると、街はすっかり雪景色だ。キラキラと朝日を反射させて、気持ちいい朝と言いたいところだが、この中で会社に行くとか地獄だ。

子供の頃は楽しくて仕方なかった雪が、今では親の仇のように憎らしい。


スーツに着替えて、分厚いコートを羽織る。

「今日はブーツかな」

ダメになっていいように安物のブーツを履くと、部屋を出た。


「おはよう」


隣から寒さを吹き飛ばすような爽やかな声が聞こえる。

服装が完璧でない時ほど、会う確率が高いのはどうしてなのか。

心の中で神様に問いかけながら、「おはよう」の作り笑顔で対応した。

高瀬たかせは箒を片手に持っている。

周りを見ると、廊下の雪が全て片付けられている。

「ここの廊下、全部やったの?」

「うん。滑ると危ないかなと思って」

「ありがとう。なんか手伝えなくてごめん」

「たまたま早起きできたからやっただけだし。それよりお仕事行かなくて大丈夫?」

時計を見ると、駅までの時間を考えるとそろそろやばい。

「行かなきゃ。いってきます」

「いってらっしゃい!気をつけてね」

高瀬に小さく手を振ると、アパートの階段をトントンと降りる。


(まるで新婚さんみたいじゃない)


なんて少しニヤニヤしながら、駅へ向かった。

駅へ向かう道も雪が道の端に残っていて、子供たちがわざと踏んで楽しそうにしている。

駅前に着くと、大きな木が立っている。

様々な電飾が巻き付けられ、木のてっぺんには星が付いている。


あと少しでクリスマスだ。

今までは日葵と真由子と過ごしてきたが、今年はそういうわけにはいかない。


一体誰とどう過ごすか―


「一人ぼっちか」

小さくつぶやいて、ため息をつく。

子供の頃楽しみだったクリスマスもぼっちの大人には辛い行事だ。

会社に着くと、後輩の麻帆まほ山下やましたが何やら廊下でコソコソ話している。

後ろからそっと近づいて「おはよ!」と声をかけると、二人はびっくりして肩をびくつかせた。

「先輩・・・、驚かせないでくださいよ」

麻帆が口をとがらせる。

「ごめんって」

軽く謝ると、「そうですよ!僕らのデートの計画邪魔しないでください」山下が元気よく言ってくる。

「デート・・・?」

麻帆が頭を抱えながら、「山下」と怒りを含んだ低い声を出した。


「実は私達最近付き合うことになりまして・・・」


「あ、そうなんだ。おめでと」

まいが驚きもせずにそう言うと、麻帆は驚いた顔で「え?先輩気づいてたんですか?」と聞いてきた。

「いや、付き合っているとか思ってなかったけど、お似合いだなとは思ってたし」

「コレとどこが似合っているんですか?」

麻帆が山下を指差しながら心外という顔をしている。

「いや、山下君の出来ないこととか、天然なところをいつも麻帆がカバーしているし、麻帆はそういうお世話するの好きでしょ?合っているなって思ってさ」

「やっぱりそう思います?」嬉しそうに山下が、麻帆の肩を引き寄せる。

「あんた褒められてないからね」

麻帆にとがめられても、山下は全く気にすることなくニヤニヤしている。


「クリスマスデートか」

席に戻ると、舞はため息をついた。

ふと高瀬の顔がよぎる。

でも高瀬は6つも年下で、これからの生き方を迷う若い青年だ。

(私みたいなおばちゃんじゃ・・・)

本気でデートすることを考えるなんて、ちょっと恥ずかしくなってくる。


「ため息ばっかつくと幸せが逃げるぞ」

佐久間さくまは近寄って来ると、からかうように笑いながら請求書を差し出してきた。

「今はね、科学的にため息はストレス発散にいいって言われてるのよ」

舞は請求書を受け取ると、「処理しとくから」とパソコンに向き直った。

「請求書の処理もしてほしいんだけど、要件は違うんだ」

「何よ?」

舞は面倒なことを頼まれそうな予感がして、片方の眉を上げて、じとーっと見つめる。


「今日昼メシ一緒に食おうぜ。そこで話すわ」


佐久間は珍しく歯切れが悪い。質問を重ねようとしたが、こっちの返事も聞かずに席に戻っていった。

「何の用だろ?」

面倒ごとなら断るぞと心に決めて、舞は仕事に向かった。


佐久間に誘われて、お昼は会社近くの定食屋に行くことになった。

この定食屋は安くて、美味しいので、うちの会社の人はよくお昼を食べている。

「で、要件ってなに?」

大きく唐揚げを頬張ると、早速本題に切り込んだ。

「あぁ・・要件な」

「早く教えてよ。面倒ごとは絶対イヤだからね」

「お前さ、クリスマス何してるの?」

「クリスマス?別に予定ないけど。・・・って、もしかしてあんた嫌味を言おうとしてる?」

「いや、そうじゃなくて」

「じゃあ何よ?」


「だから、俺と過ごさないかなって」


「過ごすって何を?」


「あー!」と佐久間は声を上げると、真っすぐに舞を見つめた。


「クリスマスを俺と一緒に過ごさないかって言ってるんだよ」


「は・・?」

舞は持っていたお箸を盛大に落とした。


(クリスマスを一緒に過ごすってそういうことだよね?)

舞は会社からの帰り道、呪文のように心に問いかける。

最後の恋愛からかなり時間が経っているとはいえ、さすがにクリスマスにデートに誘われる意味はわかる。

(でも、佐久間が?私を?そんな)


思い返すと、佐久間はいつも優しくしてくれた。

仕事のミスもカバーしてくれて、励ましてくれた。日葵のことも一緒に考えて行動してくれた。


「佐久間っていい奴だな」


そんなことを考えていると、気づいたらいつものようにカフェの前まで来ていた。


「いらっしゃいませ」

扉が開かれ、高瀬が出てきた。

とびっきりと甘い笑顔に爽やかな声―。

これだけで癒される。

席に案内されて、座っていると、高瀬が注文に来てくれる。

「いつものでいいですか?」

「はい」

「あ、あと・・・」

高瀬がきょろきょろと周りを確認すると、小さな声を出した。

「あと1時間でバイト終わるから、ちょっと待っておいてもらえないかな?少し話したくて」

「うん、いいよ」

舞がそう答えると、嬉しそうに微笑んで、戻っていった。


悠真ゆうまくんも用事なんて、まさか佐久間と同じ・・・なんてね)


都合のいい想像をする自分を落ち着かせるために水を飲むと、スマホを取り出した。

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