第14話 夜景と年下男子

仕事帰りにぼんやりと空を見上げながら、歩く。

最近はより一層寒くなったように感じる。

コンビニで買ったご飯の袋をいつもより大きく揺らす。


「はぁ・・・」


ため息が漏れる。

どうにかできなかったのかと考えても仕方ないことなのに、同じ考えが頭の中でぐるぐると回る。


「こんばんは」


アパートの階段を上がろうとすると、後ろから高瀬たかせに呼び止められた。

高瀬に少し話さないかと誘われて、近くの公園のベンチに座った。

もう暗くなり始めていて、子供たちが「またなー」と言って帰って行く。


「何かありました?」


包まれるような優しい声に、まいはため息をついた。

そして日葵ひまりのことをかいつまんで説明した。


「そんなことがあったんですね」

「けじめをつけるといって、日葵は会社を退職しました。退職金で奥さんに慰謝料を支払ったそうです」

「そこから日葵さんと連絡は?」

舞は静かに首を横に振った。

「日葵のことだから、きっとどこかで上手くやってるんだと思うんですけどね」

「でも心配ですよね」

「はい。私にもっとやれることなかったかなぁなんて考えちゃって」


公園の木々が風に揺られてカサカサ音を立てて、落ち葉が寂しげに舞っている。


「永野さん、ドライブでもしません?」

「え?」


高瀬に連れられて、高瀬の働く店まで来た。

「これ、店長のバイクなんですけど、もう乗らないからってくれたんです」

そういってヘルメットを渡すと、ポンポンと座席を叩いた。

「乗ってください」

高瀬の後ろに座る。

手をどこに置けばいいかわからず、とりあえず高瀬の肩に置いてみる。

「永野さん、それじゃ危ないんで」

そういって肩から手を外すと、自分のお腹の前で舞の手を握らせた。


「ぎゅっと掴まっておいてください」


「は、はい」

ブォンとエンジンがかかり、走り始める。

バイクに乗っていると、風の音だけが響く。

冬の中を走るバイクは寒いが、高瀬に掴まっていると、胸が高鳴ってそれどころじゃない。


「バイクで走ると、気持ちよくないですか?」

「気持ちいいです」


高瀬の背中に頬を寄せる。

柔軟剤の匂いがして、余計にドキドキしてまう。


「少しカーブ続きます」

高瀬にそう言われて、近づいたのがバレたのかと離れそうになったが、高瀬が舞の手をぎゅっと寄せる。


「危ないんで、くっついておいてください。ちょっとびっくりするかもしれないですけど、僕を信じて、身体を預けてください」


バイクはカーブの度に右に左にと車体を傾けていく。

少し怖くて、高瀬をぎゅっと抱きしめる。

やがてバイクが止まって、二人で降り立った。


「ここは?」

「有名な夜景スポットの隣です」

そう言って高瀬が笑った。

高瀬がさす方には、離れた場所に夜景で有名な場所が見える。恋愛に疎い舞でも、雑誌で見たことがあった。

なんとなくだがたくさんのカップルがいるようだ。

「ここはバイクじゃないと来るの大変なので、人が少なくいんです。でも、夜景は綺麗で、結構穴場なんですよ」

高瀬に言われて、夜景の見える方向へ向かう。

そこにはたくさんの光る街並みと、その向こうには海が見える。


「すごく綺麗」


「ですよね。僕は何かに悩んだり、落ち込んだらここに来るんです。綺麗で癒されるってのもあるんですけど、こんなにたくさんの人がいて、みんな悩んだり、喜んだりしながら、生きているんだなって思ったら、僕も頑張るぞー!って気持ちになるんですよね」


たくさんの家の光の中に、様々な人生があり、苦しいことも辛いこと、楽しいことも嬉しいこともある。

しばらく夜景を眺めて、ベンチに座った。


「連れてきてくれてありがとうございます」

「いえいえ」

「なんだか高瀬さんには助けれられてばかりで、お礼もできてなくて・・・あ!」

「どうしました?」

「高瀬さんにお礼をと思って買ってたのに、バタバタでずっと渡せてなかったです・・・」

「別にいいですよ、お礼なんて。僕が好きでやってるんで」

「いや、そういうわけには・・・」


「じゃあ、一つお願いしてもいいですか?」


「・・はい」

「敬語、やめませんか?」

「敬語ですか?それは全然かまいませんけど」

「じゃあ、今から敬語なしで」

「わかりました」

アッという顔で、高瀬が笑う。

「えっと、わかった・・かな?」

「うん、正解」

そこから少し他愛のない話をして、またバイクに乗って帰った。

行きよりも帰りの方が楽しいと感じたのは、きっとバイクに乗りなれたからだと舞は自分に言い聞かせた。


街はイルミネーションで輝き、様々な店の中でクリスマスソングが流れ始めた。

なんとなくだが、街全体が浮足立っているように感じる。

「私にとっては普通の日だけどね」

舞はお酒を傾けながら、真由子まゆこに愚痴った。

「私も同じだよ」

「旦那さんとクリスマスディナーとかするんじゃないの?」

「ううん、クリスマスはお互い仕事あるから」

「・・・後日にやるんじゃないの?」

「ううん、前日にやる」

「じゃあ全然一緒じゃないじゃん!」

舞がそういうと、真由子はクスクス笑った。


「昔は3人でいつもクリスマスやってたのになぁ」


舞がそういうと、真由子は目を伏せた。

「あ、ごめん」

「ううん。日葵、どうしてるかな?」

「どうだろう・・・。日葵のことだから、どこでもきっと元気だよ」

「それもそうね」


あれから日葵とは連絡は相変わらず取れていない。

頑固な日葵のことだ。自分なりのけじめがつくまでは、こっちに連絡してくる気はないに違いない。


「ねぇ、あの高瀬さん?とはどうなの?」

悠真ゆうまくんとは仲良くしてるよ」

「え!下の名前で呼んでるってことは」

「違う、違う。敬語辞めようって話になって、自然と下の名前になっただけ」

「なーんだ。ついに舞にも春が来たかと思ったのに」

「こんな真冬に春は来ないよ」

舞はグラスに残ったお酒をぐっと飲み干した。

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