第6話 帰れない年下男子
「ん・・・」
外から工事しているような音が聞こえ、ゆっくり目を開く。
部屋の中は真っ暗になっている。かなり長く寝ていたようだ。
気分はすっきりしていて、熱も下がってきている。
ちょっと起き上がろうかと体を動かすが、足元の布団が動きづらい。
何があるのかと視線を足元に移した。
「へ・・・へっ!?」
暗い部屋の中でも高瀬の美しい横顔がはっきりと見える。
「あ、おはようございます」
高瀬は眠そうに欠伸をして目をこすった。
「体調どうですか?」
「・・・随分よくなったみたいです」
「それは良かった」
高瀬は安堵の表情で柔らかく微笑むと、時計を見て慌てて立ち上がった。
「・・・ヤバい!バイトの時間だ」
「すいません、私のせいで」
「いえいえ。今からダッシュで行けば間に合うんで」
玄関まで行くと、高瀬はくるっと振り返った。
「それにあんなこと言われたら帰るわけにはいかないですよ」
その言葉をだけを残して、高瀬は帰って行った。
「私、何を言ったの?」
頭がはてなでいっぱいの舞だけが玄関に残された。
“体調大丈夫か?”
スマホを開くと、
“大丈夫だよ。朝よりだいぶ良くなった”
“それは良かった。差し入れ持って行こうか?ドアノブにかけとくけど”
“。薬も食べ物もあるから大丈夫!ありがとう”
スタンプを送って、ごろんと再びベッドに横になった。
佐久間の押しかけてきたりせず、ドアノブにかけて渡すという、病気の姿を見せなくていいように気遣ってくれるところは本当に素晴らしい。
「今日はすっぴんだしな」
こんな姿誰にも見せられない。
そう思った時、高瀬の顔が思い浮かんだ。
飛び起きて洗面台の鏡と向き合う。
そこにはすっぴんテカテカで髪がぼさぼさの29歳の女がいた。
その後、舞が絶叫したのは言うまでもない。
「おはよう」
会社に出勤すると、後輩の
「おはようございます。永野さんが元気になって良かったです」
「おおげさだなぁ」
「いや、私がインフルで休んでしまったから・・・。仕事が大変で疲れがたまったせいかなと思ったら申し訳なくて」
麻帆は辛口で仕事も無駄口たたかず淡々とやるタイプだが、相手にとても気遣う子だ。
「全然関係ないと思うよ。きっと日頃の不摂生のせいだよ。それにもう元気だしさ、気にしないで」
「お、永野。体調大丈夫か?」
佐久間がニコニコしながらやってきた。
「大丈夫だよ。迷惑かけてごめんね」
「今日から俺の方が迷惑かけるから気にすんな」
「迷惑かけられるの?」
「昨日大口の案件とってきたから書類作成よろしく」
栄養ドリンクを舞の手のひらにポンと置くと、席に戻っていった。
「これで頑張れってこと?」
席に戻ってからも佐久間は周りの人に軽口をたたきながら、楽しそうに仕事を始めている。
「佐久間さんって永野さんに優しいですよね」
「え?そうかな。あいつ、誰にでも優しいよ?」
麻帆はじっと舞の顔を見ると「・・・わからないものなのかな」と呟いた。
「それってどういうこと?」
麻帆に問いかけたが、答えが返ってくることはなかった。
佐久間の言う通り午後からは資料作成の補助や経費の書類作成などで結構忙しい時間を過ごした。
とはいえ、元々仕事は早い方なので、定時で帰ろうとしていると、後ろから佐久間がついてきた。
「お、さすが。もう終わったのか」
「まぁね。さっきデータ送ったでしょ?」
「確認した。サンキューな」
「佐久間も今日は帰るの?」
「あぁ。たまには定時で帰ろうかなって思って」
「ふーん。珍しいね」
二人で会社から出ると、真っ暗になっていて気温も昨日より低い感じがする。
全くイヤな季節になったものだ。
「永野って秋が嫌いだったよな」
「え?なんで知ってるの?」
「飲み会で言ってたろ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。ったく、俺はこんなに覚えてるのに、お前は俺との会話をほとんど覚えてないからな」
「しょうがないでしょ?佐久間とはしょうもない話しかしないもの」
舞が笑うと、佐久間は「だからアパート紹介したお礼まだしてくれないのか?」とふざけて睨んでくる。
「それは忘れてない。ただタイミングがなかっただけ」
「じゃあ、今週末どうだ?」
スマホを開いて予定を確認するが、やっぱり予定などはない。
「いいよ。でも高い店はダメだからね」
「それはどうかな」
佐久間はいたずらっぽく笑う。
「無理なもんは無理だからね!?」舞がそう言うと「わかった、わかった」と言って聞いてるんだかわからない。
駅の改札が見えてきた。
帰宅しようとするたくさんの人たちが駅に素込まれていく。
舞が「じゃあまた明日」と言って歩き出そうとすると、「元気になって本当によかったよ」と佐久間が言った。
「やっぱり、お前は笑顔が一番似合ってる」
「・・・からかってんの?」
「バレたか」と佐久間は笑って、反対側のホームへ歩き出した。
電車に乗り込み、反対側のホームを見ると佐久間が立っている。
こちらに気づくと、変顔をしてくる。
口パクで恥ずかしいから辞めなさいと言った時に、電車が動き出した。
「本当にバカな奴なんだから」
舞は小さくため息をついて、微笑んだ。
いつものようにコンビニでご飯を買うと、アパートへ帰る。
高瀬の家の前で少し足を止めた。
「あんなこと言われたら、帰るわけにはいかないですよ」
(高瀬に私は何を言ったのだろう)
その謎は解けないままだ。
「看病してくれたお礼しなきゃな」
高瀬の家からは音はしない。アルバイトにでも行っているのかもしれない。
舞はゆっくりゆっくり隣の自分の部屋へ足を進めた。
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