第5話 おかゆと年下男子
「すごいじゃん、
昨日2人に進展があったと報告したら、すぐに集まるぞと日葵から号令がかかり、いつもの居酒屋に集まった。
「どっちも、たまたま会っただけなんだけどね」
「
「高瀬くんに聞かれて、私困っちゃったんだよね」
「何に困ったの?」
「何で今の仕事に就いたのかって聞かれてさ」
私はカランと梅酒の入ったグラスを傾けた。
あの頃はまだ大人になること、仕事をすることの意味がわかっていなかった。
面接では思ってもないこと言って、とりあえず仕事が見つかればって感じだった。
子供の頃は夢もあったのに、いつの間にか忘れて、周りが就職するから自分も就職しただけだ。
グラスが冷えているせいか、手がひどく冷えている。
「それは確かに私も困るかも」
「なんでよ、日葵は商品開発部って花形じゃん」
「でも、結局売れるものを作るだけで、作りたいものとは違うし、むしろ売れるものだけに集中できればまだいいよ?でも、結局上司が喜ぶものを作ってるだけ」
何もかもを飲み込むように、日葵はぐびっとワインを飲んだ。
「私もそうかも。最近は辞めることも考えてるし」
「え!真由子辞めるの!」
「まだ決めてないけど、そろそろ妊活したいし、そうなると仕事続けるのもね」
真由子は瞼を伏せた。
結婚してもそれはゴールではないのだろう。
舞は真由子のグラスに自分のグラスを軽く当てた。
「応援してる」
「ありがと」
「私たちまだ20代だし、若いんだから!前向きにいこう!」
暗い空気を追い払うように、日葵がいつもの調子で明るく声を上げた。
「そうだ!若い若い!」
舞も合わせてそういうと、真由子も「そうだね」と笑った。
会社から出て背伸びをして、空を見上げるとすっかり暗くなっている。
(残業したわけじゃないのにな)
秋になるとだんだん暗く、切ない時間が長くなってくる。
舞はなんだか寂しい気分になるから、この季節が苦手だ。
カサカサ・・・
風で葉が揺れる音がして、もう冬が来るよと落ち葉が大きく舞った。
気分をあげるためにも高瀬のいるカフェでも行こうかと思ったが、今月は少しお金使いすぎだ。
それになんだか寒気がする。
こんな時は、家に帰って寝るのが一番だ。
予想通り家に帰ってしばらくすると、一気に体温が上がるのを感じた。
「やっちゃったな・・・」
体温計を見てため息をついた。
こんな時、かわいく助けてと誰かに言えればいいが、そんなキャラでもなければ、言う相手もいない。
寝れば治ると信じて、舞は布団に潜り込んだ。
「嘘でしょ・・・」
冷蔵庫を開くと水かしかない。
さすがにこれでは生きていける気がしない。
最後の風邪薬を飲んで今なら少し熱も下がっている。
「行くしかないか・・・」
ズボンだけ履き替えると、ダサいパジャマの上からカーディガンを羽織る。
高瀬だけには会いたくない。
扉に耳を当てて澄ませてみる。
タイミングよく、ガチャっと音がして高瀬が家を出たようだ。
今しかない。
高瀬が去っていったのを確認して家を出た。
「こんにちは」
高瀬が笑顔でこちらを見ている。
「え!あ、え!あ、こんにちは」
驚きで心臓が飛び出したかと思った。
「永野さん、顔色が・・・。体調崩されてるんですか?」
「ち、ちょっと風邪ひいちゃったみたいで」
「風邪でどこに行くんですか?寝ておかないと」
「薬も無くなっちゃって、それに冷蔵庫も空で・・・」
言ってて恥ずかしくなるが、誤魔化す言葉を考える余裕がない。
「わかりました。僕が買ってきますから、お家で横になっててください」
「そんな、申し訳ないです」
「具合が悪い時は、甘えてください」
高瀬が真剣な顔でこっちを見ている。
「あ、はい」
「じゃあ家で寝ててください」
高瀬はそういうと、小走りでアパートの階段を下りて行った。
今のこの体の熱さは風邪のせい?それとも「甘えて下さい」のせい・・?
舞はぼんやりとした意識の仲、ベッドに横になった。
トントントン・・・
まな板で何かを切る音がする。
お母さん?と一瞬思って、一人暮らしだったことを思い出した。
恐る恐るうっすら目を開けると、背の高い男の人が料理をしている。
「高瀬・・・さん?」
「あ!永野さん、大丈夫ですか?」
「はい、なんとか・・・」
「すいません、勝手に上がってしまって。チャイム押しても反応がなくて、ドアノブを回してみたら鍵がかかってなかったので、心配で」
身振り手振りで誤解されないように説明する姿が可愛くて、思わずクスッと笑ってしまう。
「そうだったんですね。心配してくださって、ありがとうございます」
「とりあえず、ポカリ持ってきますね」
コップにポカリを注いで運んできてくれる。
「ゆっくり飲んでください」
乾いた喉にゆっくりと染み込んでいく。
「食欲はありますか?おかゆ、作ってみたんですけど」
「いただきます」
高瀬は嬉しそうにキッチンに戻った。
シンプルな梅がゆだ。
「熱いので気をつけて食べてください」
「はい」
れんげに掬って、ふーっと息を吹きかける。
ゆっくりと小さく一口食べる。
「…美味しい」
「良かった…!永野さんの口に合うか心配で。お茶持ってきますね」
高瀬は心底安心した顔で微笑んだ。
「高瀬さんってお料理お上手なんですね」
「上手いかわからないですけど、弟や妹たちによく作ってたので慣れてはいます」
「ご兄弟がいらっしゃるんですね」
「弟2人と妹1人います。どうぞ」
高瀬が差し出したお茶を受け取る。
そういえば家庭の事情で大学進学を諦めたというようなことを言っていた。
兄弟が多いことが関係しているのだろうか。
「永野さん?しんどいですか?」
手が止まったのを見て心配そうにこちらを見ている。
「いえ、大丈夫です」
再びお粥を食べる。
一人暮らしで病気の時に人の作ったもの食べ物は、本当に体にも心にも沁みる。
高瀬は舞が食べ終わるのを見届け、お皿を洗うところまでやってくれた。
「じゃあ僕帰りますね」
高瀬がベッドのそばで屈んで声をかけてくれるが、お腹も満たされてなんだかウトウトして意識の半分が夢の中にいる。
何かを自分が呟いて、それを聞いて高瀬がふっと柔らかく微笑んでいるのが見えた。
(あれ?私は一体何言ったの…?)
そんなこと考えることも出来ないまま、夢の中へ残りの意識も溶けていった。
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