20日目 完全消滅と出立 〜祠なき島、光の帯へ〜

在庫/二十日目・朝


・水:0L(祠消滅)

・食:干し藻 少量

・塩:微量

・火:炭片わずか

・記録具:ペン 使用可/炭 予備

・体調:渇き限界/頭痛強/喉灼け

・所感:制度の項目から「水」が消えた。空白が私を呑み込む


朝。

祠を覗き込んだ瞬間、息が止まった。

そこには水がなかった。


底石も影も見えない。

ただ黒い裂け目だけが島の奥へと口を開けている。

泡音も冷気も消えた。

「祠」が「穴」になった。


私は帳を開く。

【水:】と書きかけペン先が止まる。

書くべき数字が存在しない。

ゼロか空白か。

空白を残せば背筋が凍る。

だが「ゼロ」と書けば、命が制度から削除される。


喉が焼ける。

渇きで声が出ない。

それでも私は震える手で書いた。


【水:0L(祠消滅)】


紙面の黒が、刃物のように胸を切った。


観測/午前


・祠:消滅。裂け目のみ残存

・鳥:不在。群れごと姿を消した

・潮の人:沖に立つ。沈黙。指さしもせず

・影:杭の影、異常な長大化。砂の輪を越え、裂け目へ伸びる

・星図:昨夜の指差し方向と一致。昼でも白光一条確認


鳥はもういない。

制度に「相手」と記した存在は去った。

供物も、交換も、残っていない。


潮の人は遠くに立ち続けている。

昨夜、星を指したその手は今日は動かない。

だがあの方角だけは昼の空にも残っていた。

かすかな白い帯。

光はまだそこにある。


昼。

私は干し藻を布に包み印石をさらに減らした。

重さを削り持てるものだけを残す。

胸にはペンを差し帳を閉じる。


「制度を運ぶ。それしかできない」


祠が消えた瞬間、島は制度を拒んだ。

だが制度は私の中に残る。


条項補注(二十日目・午後)


・祠の水、完全消滅。制度項目より削除

・鳥=観測対象外

・潮の人=沈黙。星指差しの継続なし

・光の帯、昼でも視認可。唯一の指標


在庫/二十日目・夜


・水:0L(祠消滅)

・食:干し藻 少量

・塩:微量

・記録具:ペン 使用可

・所感:今日で島の制度は終わった。明朝、光の帯へ歩み出す。空白は島を呑んだ。だが記録はまだ私を呑んでいない。


夜。

星は散乱していた。

その中で昨夜と同じ方角に一本の白光が伸びている。

彼女が指した光だ。


私は喉を押さえ声にならぬ声で書き記す。


「制度は失われた、だが道は残る。

 私は明朝、光を辿る。」


帳を閉じる。

砂の輪は跡形もなく崩れていた。

ただ胸の奥でまだ縁が残っている気がした。

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