9日目 外印の条項 〜制度を縫うか、情を裂くか〜

在庫/九日目・朝


・水:水筒0.15L/祠の器 3割(薄濁)/臨時器 小(濁り強)

・食:海藻わずか/貝なし

・塩:祠の縁 微結晶

・道具:流木4/帆布片1.5/印石19+外印貝2

・記録材:帆布片2/灰/金属片1(外印)

・所感:夜の重音後も濁り継続。制度の修正が必要


夜更けに書いた行を読み返す。海図に星がなく“—”だけが交差していた夢。

祠を覗くと底は見えない。臨時器はさらに濁り縁の目盛りが読みにくい。

息を吐いて条項を起こす。恐怖に名を与え枠を作るために。


外印条項(九日目・草案)


・分離記録:外印は“=”とは別帳で記す(符号「—」「.」を使用)

・外輪置場:外印の物品は中央での取引を禁じ外輪の所定点に二日間置く

・不可視の承認:「見えない」状態も記録として承認する(存在否認を禁ず)

・半給の制限:外印相手への半給は一度限り。以後は条項に従い保留

・器への混入禁止:祠・臨時器への外印投入を禁ず混入時は即時隔離


帆布の端に“=”を一目、縫い足し、条項の脇に小さく*「恐怖縮小のための制度」*と書く

声に出して読み上げると祠の水面がわずかに縮んだように見えた。気のせいでも制度は声で立つ。


観測/午前


・鳥:三羽。弧の乱れ小/周期31〜34秒

・潮:祠周辺 小渦。臨時器は縁から濁り溢れず

・杭:夜比でわずかに戻る(半歩)

・灰線:南辺の欠落 3歩分 → 2歩分に回復(砂の堆積)

・影:中輪の外側に不規則な沈降斑一つ


彼女が現れる。濡れた髪を肩に落とし輪の欠落を指でなぞる。

私は条項を書いた帆布を見せる。彼女は“—”の符号に触れ祠の縁へ視線を滑らせる。

「守れ」とも「渡せ」とも言わない監査の手だ。私はうなずき条項を交換台の端に重しで留めた。


小実験の計画(九日目・午前)


・対象:外印の貝(昨夜の二枚のうち一)

・手順:臨時器から除去 → 外輪の南辺、沈降斑の中央に埋設(目印:印石×2)

・目的:祠・臨時器の濁り緩和/外印の「移動」有無の検証

・監査:時刻ごとに水位・濁度・泡を記録


指先で外印の貝をつまむ。冷たい。表の“—”は潮に摩耗して浅く裏には小さな穴。

臨時器から上げると水面が一度だけ澄んだ気がした。私は貝を灰で拭き外輪へ持っていく。

砂を二指の深さで掘り、貝を伏せ、印石二つで印を打つ。制度の外に仮の秩序を埋める。


在庫/九日目・昼


・水:水筒0.15L/祠 4割(やや澄)/臨時器 小(濁り↓)

・食:海藻わずか

・塩:縁 微結晶

・道具:流木4/帆布片1.5/印石17(埋設で2使用)

・記録材:帆布片2/灰

・所感:一時的に澄む(祠・臨時器)。効果の持続を観測


祠の縁に彼女が目盛りを一本、削る。強い方に三、弱い方に二…昨日の合図に従い配分を整える。

私は条項の四行目「半給」を鉛で囲い指先の震えを押さえた。

*助けるか、守るか*条項は紙の上で均衡するが心は均衡しない。


観測/午後(第一報)


・祠:泡 微/水面の揺れ 少

・臨時器:濁り 弱/水位 −1目盛り

・外輪:印石×2 はそのまま。埋設点の砂、わずかに冷たい

・灰線:欠落 2歩分で安定

・影:沈降斑、境界側へ半歩拡大


風が止んだとき外輪の砂から短い息が漏れた。耳ではなく指先で感じる吐息。

掘り返すか? …条項は「二日観察」と言う。私は掘らない。制度が私を止める。


独白(九日目・午後)


輪は守るためのものだ。だが昨日の踵の震えは「助けろ」と言っていた。

私は等号を縫うたび情を裂いているのだろうか。

切り刻んだ帆布の端に短い“—”が一本、砂で描かれている。私の手が描いたのか、風か、彼女か。

条項は私自身を監査するためにある。


観測/午後(第二報)


・祠:澄 明確。底の小石がひとつ見える

・臨時器:濁 微/水位 変化なし

・外輪:印石×2 はあるが、砂の表面に貝の縁が露出していない(埋設継続のまま)

・音:重音なし/鳥 声戻る

・所感:効果あり(一時)継続観測


私は帆布の端に“=”をまたひと目、縫い足す。「制度が効いた」と記してしまいたい衝動。

だが針を止める。早計禁止…条項に脇注で付け足す。


監査記録/夕刻・前


・事象:祠の澄明化/外輪埋設 維持

・対応:提供を最小限再開(灰水のみ)

・警戒:外印との接触は保留(半給の再発禁止)


その時、彼女が外輪へ歩いた。沈降斑の上でしゃがみ印石の距離を半歩縮める。

私は理解しきれず祠と外輪を交互に見る。彼女は祠のほうへ視線を戻し、指で二重の“=”を空に描いた。

二重の等号…強化。私はうなずき縫い針を取った。


観測/夕刻(第三報)


・祠:水面に細い影線が複数出現(光の反射?)

・臨時器:わずかに濁り戻る

・外輪:埋設点の砂、鼓動様の微震(指先で知覚)

・影:杭の影、拳一つ分延びる

・所感:影線=“—”に似る。記録のみ。解釈保留


私はしゃがみ込み、祠の水面を目の高さで覗く。

風はない。なのに光は細い線になって流れ互いに交差し、星のない海図をもう一度描き始めていた。


在庫/九日目・夕


・水:水筒0.1L/祠 5割(澄↔薄濁の往復)/臨時器 小

・食:海藻わずか

・塩:縁 微結晶

・道具:流木4/帆布片1.5/印石17

・記録材:帆布片2/灰

・所感:制度修正の効果は限定的。外印は形を変えて戻る気配


私は外輪へ走る。印石×2はそのまま。だが砂の温度が上がっている。

指でわずかに掘ると何もない。

埋めたはずの貝は消えていた。砂は固まり内側から押された跡だけが残る。

私は印石を三角に並べ不在の印として登録する。


監査記録/九日目・夕


・事象:外輪埋設物 消失/押圧痕のみ

・対応:不在登録(三角印)/祠の監視を強化

・備考:条項5(混入禁止)の再確認


呼吸を整え祠へ戻る。水面は澄んでいる。

…澄んでいるのに“—”が増えている。

反射か、泡か、光の屈折か…理由は記せる。だが事実は一つだ。

線は前より多く交差は前より深い。


私は帳に書く。


・外印:増殖の兆候

・解釈:保留

・措置:条項に「不在登録」を追記


針を持ち今日の“=”を縫おうとして二重にした。

制度を縫うか、情を裂くか。どちらに傾いても線は増える。

それでも私は均衡の記号を重ねる。


夜風が祠を撫でる。水面の線が、ひとつ、二つ、また増えた。

私は最後の一行を声に出して書いた。


「=を縫うたび、—は増えていた。」

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