9話 爆発の先に

 芸術は爆発だ。僕は今それを肌で感じている。


 過去の偉大な美術家たちが絵の具を塗り重ね、光と影を生み出したように、僕は起動式を一つひとつ重ねていく。


 起動式を重ねることで効果が変わることを知ってから、すでに1日が経過した。


 一言で言えば、起動式を重ねられるという事実そのものが、魔道具研究に革命をもたらす可能性を秘めている。


 例えば、“ウェントゥス”と“アクア”を重ねれば氷が生まれ、“テラ”と“アクア”を重ねれば泥が生じる。


 こうした反応を起こす魔道具は存在するが、平面で、持ち運び可能な形で再現できるものはまだない。


 つまり、この手法を使えば、従来の魔道具を超える新しい魔法陣を作れるのだ。


 あらかた異なる種類の起動式を重ね終えた僕は、ふと思い立ち、同じ種類の起動式を重ねてみることにした。


 まずは基本の“イグニス”。


 魔力を流し込むと、インクが淡く光を帯びる。


 ゴォオオオ――。


 明らかに、“イグニス”の規模を超えた炎が魔法陣から立ち上る。


 次に“アクア”も重ねて起動すると、今度は通常の“アクア”ではありえない量の水が湧き出した。


 なるほど……同じ系統の起動式を重ねると、一階層上の事象が顕現するのか。


 魔法陣は重ねると、それぞれ合わさった状態で顕現する。


 なら、それぞれの放出口となるインクの位置を変えてみればもしかしたら同時に複数の事象を顕現させられるかも知れない。


 新たな発見に胸が高鳴る。


 次は三重の魔法陣に挑戦してみよう――。


 セイラスは手元の羊皮紙を見つめながら、放出口の位置を決めるプランを頭の中で整理する。


 上層には炎を担当する赤インク、下層には水を担当する黒インク、そして風は中央に。流す魔力の量も層ごとに微調整する――。


 これなら、三種類の魔力をそれぞれ独立させながら、同時に顕現させられる……はず!


 そう決めると、セイラスはすぐに手を動かす準備を始めた。


 火と風、そして光。三種類の同系統起動式を重ね、次は放出口を変え、魔法陣に魔力を通す。


 三重に重なった魔法陣の線が、微かに光を帯びて震える。


 紙の上で揺れる光は、まるで生き物のようにうねり、次第に熱と湿気を伴い、セイラスの目の前で初めての三重反応が顕現し始めた。


 三重の魔法陣から、火、水、風――三種類の魔力が絡み合う。


 紙の上でインクの線が微かに震え、光を帯びている。


 その揺れはまるで生き物の呼吸のようで、セイラスの心臓の鼓動と呼応しているかのようだ。


 ……いけるか?


 魔力を流し込む手を少し止めて、息を整える。微かに温かくなる感触が手のひらに伝わり、魔力が紙の上で正しく循環していることを示していた。


 光は次第に強く、しかし安定して輝き、炎は暴れず、水は形を崩さず、風は紙をかすかに揺らす程度に収まっている。


 成功……だ!


 三重の魔法陣は初めての完全起動に成功した。


 単純な重ね合わせではなく、層ごとの魔力の量や種類を調整したことで、互いが干渉せず、しかし融合した結果として新しい現象が顕現したのだ。


 セイラスは思わず小さくガッツポーズをした。失敗の連続から導き出した、自分だけの答え。


 その瞬間、庭での実験も視野に入れる。


 書庫の中で少し焦げはしたが、この方法なら安全に、そして精密に魔法陣を操作できる。


 しかも、これは単なる水や火だけではなく、あらゆる起動式に応用できる可能性を秘めている――魔道具の進化も視界に入った。


 これなら……魔道具の平面化、現実にできるかも!


 小さく興奮する自分を抑え、セイラスは静かに息を吐いた。


 今日の実験は、ただの成功以上の意味があった。


 失敗を重ね、工夫を重ね、ついに自分だけの魔法陣を形にした瞬間――。


 魔道具も魔法陣も、誰も到達していない地点に、自分が立っている。


 そして、この先の挑戦が、さらに楽しく、さらに刺激的なものになることを、セイラスは確信していた。

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