第23話 宣戦布告


 カフェのテーブルの上で俺たちの時間は完全に凍りついていた。彩香も涼子も、そして俺も一言も発することができない。ただ三人の間に憎しみと嫉妬とそして軽蔑とが渦巻いている。その息が詰まるような空気だけがそこにあった。先にその氷のような沈黙を破ったのは、涼子だった。


「高瀬さん」

 涼子は俺を完全に無視して、彩香にそう呼びかけた。その声はいつもと同じクールな響きを保っていたが、その温度は絶対零度に近いほど冷え切っていた。「少し、外でお話できるかしら」

 それは提案ではなかった。拒否を許さない命令だった。彩香は一瞬怯んだような表情を浮かべたが、すぐにその瞳に反抗的な光を宿した。彼女は無言で頷くと席を立つ。俺はその二人の間に割って入ることさえできなかった。


 俺はまるで幽霊のように二人の後を追って店の外へと出た。カフェのすぐ脇にある人通りの少ない路地裏。そこで二人は対峙した。夕暮れの最後の光が二人の険しい表情を照らし出す。


「どういうつもりなの」

 涼子が切り出した。その声は静かだったが、研ぎ澄まされた刃物のような鋭さを持っていた。「和真と二人きりで会ったりして。幼馴染だから? そういう甘えた言い訳は聞き飽きたわ」


 彩香はその鋭い追及に怯まなかった。「ただの偶然よ。それに、私と和真がどこで会おうとあなたに関係ないでしょ」その言葉は、しかし、ひどく弱々しく響いた。自分でもそれが苦しい言い訳であることに気づいているのだ。


 涼子はそんな彩香の弱さを見逃さなかった。彼女はふっと鼻で笑う。それは俺が今まで一度も見たことのない、冷たい冷たい嘲笑だった。「関係ない? 関係あるに決まってるじゃない。和真は私の彼氏なんだから」

 涼子は一歩彩香に近づいた。「あなたは自分の立場を理解した方がいい。あなたはただの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもない。和真の特別は私なの」


 その絶対的な自信は、俺とのあの夜が彼女に与えたものなのだろう。その事実が俺の胸を締め付けた。そして、涼子は彩香の心を完全に破壊するための最後の一撃を放った。彼女は彩香の耳元だけに聞こえるような小さな、しかし明瞭な声で告げたのだ。


「あなたはただの練習台だったんでしょ?」

「和真は、私に初めてを捧げてくれた。私たちの絆は、もうあなたごときが入り込めるような浅いものじゃないの」


 その残酷な言葉を聞いた瞬間、彩香の顔から血の気が引いていくのが分かった。彼女の瞳から光が消え失せる。彼女がホテルで俺に抱かれたことで得たはずの、脆い勝利の確信。それが今、涼子のたった一言で粉々に砕け散ったのだ。


 彩香は何も言い返すことができなかった。ただ震える唇でか細く息をするだけだった。そのあまりにも惨めな敗北者の姿を、俺はただ立ち尽くして見ていることしかできない。


 涼子はそんな彩香に氷のような一瞥をくれると、俺に向き直った。

「帰りましょう、和真」

 その声にはもう何の感情も含まれていなかった。

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