第22話 三つ巴の再会


 涼子の部屋であの罪深い夜を過ごしてから、数日が過ぎた。俺は彩香に合わせる顔がなかった。彼女との約束を俺はあまりにも無様に、そして決定的に裏切ってしまったからだ。しかし、彩香はそんな俺の罪を知るはずもない。俺との新しい関係の始まりに胸をときめかせているようだった。その健気な姿が俺の罪悪感をさらに深くえぐった。俺は彩香とのデートの約束を断ることができなかった。


 俺たちは街中の洒落たカフェにいた。窓から午後の柔らかな光が差し込む穏やかな空間だ。コーヒーの香ばしい匂いとケーキの甘い香りが漂う。しかし、俺の心は全く穏やかではなかった。彩香が楽しそうに学校での出来事を話してくれる。俺は相槌を打ち無理に笑顔を作りながらも心はここにあらずだった。彼女の声がまるで厚いガラスを一枚隔てた向こう側から聞こえるようだった。頭の中では彩香のあの涙の告白と涼子の安らかな寝顔とがぐるぐると渦巻いていた。俺はどうすればいい。この泥沼のような状況からどうすれば抜け出せるのだろう。俺のグラスを持つ手が微かに震えていた。


 その時だった。

 カランとドアベルの涼やかな音が鳴った。

 俺は何気なくその方向へと視線を向けた。

 そして、俺は凍りついた。

 心臓がまるで鷲掴みにされたかのように激しく収縮した。


 そこに立っていたのは涼子だった。


 彼女もまた俺の存在に気づいたようだった。彼女の大きな瞳が驚きに見開かれる。一瞬その表情に恋人に会えた喜色が浮かんだように見えた。しかし、その視線が俺の向かいの席に座る彩香の姿を捉えた瞬間、彼女のクールな表情はまるで能面のように一切の感情を失った。


「和真どうしたの?」

 俺の様子の異変に気づいた彩香が不思議そうな顔で俺の顔を覗き込む。俺は何も答えられない。声が出ない。全身の血の気が引いていくのが分かった。俺はただゆっくりとこちらに歩み寄ってくる涼子の姿を見つめることしかできなかった。


 涼子は俺たちのテーブルの前で足を止めた。

 彩香もようやくその存在に気づき息を呑んだ。

 三人の間に信じられないほど重くそして冷たい沈黙が、落ちた。

 カフェの中の楽しげな談笑の声や軽快なBGMがまるで遠い別の世界の出来事のように聞こえる。俺たちのテーブルの上だけが異質な空気に支配されていた。


 俺は二人の間で板挟みになっていた。右には俺との新しい未来を信じている彩香。左には俺との深い繋がりを確信している涼子。俺はどうすることもできなかった。動くことも話すこともできない。ただ自分の浅はかな行動が招いたこの最悪の現実を目の当たりにして立ち尽くすだけだった。


 彩香の困惑したような表情は、次第に険しいものへと変わっていく。彼女は涼子のその氷のような視線と俺のこの惨めな狼狽ぶりを見て全てを察したのかもしれない。彼女の瞳の奥で疑念と嫉妬の黒い炎が静かに揺らめき始めた。


 涼子のその凍りついた表情の奥で同じように静かな、しかし激しい炎が燃え上がっているのが分かった。裏切られたという確信。その炎が彼女の全身から放たれているようだった。それぞれの心の奥底で眠っていた嫉妬という名の醜い怪物が、今この穏やかなカフェの中で同時に目を覚ましたのだ。

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