第21話 贖罪の愛撫


 公園から涼子の家までの道のりを俺はほとんど覚えていない。彼女の小さな手が俺の冷たい手をずっと固く握っていた。俺はまるで罪を宣告された罪人のように、ただ黙ってその手に引かれて歩いた。彼女の部屋は彼女自身をそのまま映したかのような空間だった。きちんと整頓された本棚。余計な飾りのないシンプルな机。そして清潔なシーツがかかった小さなベッド。そのあまりにも清廉な空間が、これから俺がこの場所で犯そうとしている罪の醜さを際立たせた。


 部屋に入ると涼子は鍵をかけた。そのカチャリという小さな音が俺にもう後戻りはできないのだと宣告しているようだった。彼女は俺の前に立つと震える指でゆっくりと自分の制服のブラウスのボタンを外し始めた。俺はその光景から目を逸らすことができなかった。彼女の一つ一つの動作はまるで神聖な儀式のように見えた。


 やがて彼女のまだあどけなさの残る白い身体が部屋の間接照明の下に晒される。俺は息を呑んだ。彩香のそれとはまた違う華奢で儚げな少女の身体。そこには俺が今まで一度も触れたことのない純粋さが宿っていた。彼女は俺の前に全てを差し出している。その無防備な姿が俺の罪悪感をこれ以上ないほどに掻き立てた。


 ごめん涼子。俺は最低の男だ。お前の純粋な想いに応えることができない。彩香を裏切ることもできない。こんな俺にできることはもう何もない。いや一つだけある。もしこの行為が避けられないというのなら。もし俺がお前の初めてを奪うというのなら。せめて俺の全てを懸けてお前に最高の気持ちを与えなければならない。それが俺にできる唯一の、そして最低の贖罪行為だ。


 俺は衝動的に彼女を抱きしめ、そして、ベッドへと優しく導いた。彩香とのあの激しい情事とは全く違う。そこにはただひどく悲しい覚悟だけがあった。俺は彼女の身体を汚すのではない。この身がどうなろうと彼女を快感の光の中へと導くのだ。


 俺は彼女のまだ硬い蕾のような胸を丁寧に優しく口に含んだ。彼女が小さく息を呑む。俺は全身全霊を指先に唇に舌に込めて彼女がどうすれば喜ぶのかだけを考えた。彼女の身体の一つ一つの反応を見逃さないように。彼女のか細い吐息の意味を感じ取るように。


 俺の愛撫は次第に熱を帯びていった。彼女の身体が俺の愛撫に正直に反応し始める。彼女の肌が熱を持ち呼吸が乱れた。そして、そのクールな表情が甘く蕩けていく。その変化が俺にさらなる罪悪感と、そして奇妙な達成感を与えた。


 俺は彼女の初めてを奪った。彼女の華奢な身体が俺の侵入にびくりと強張る。その小さな痛みの声が俺の胸を鋭く切り裂いた。俺は動きを止めた。そして、彼女の痛みが和らぐまでただじっと待った。やがて彼女の身体から力が抜けていく。俺はそこから再び彼女の身体が喜ぶことだけを考えた。


 行為を終えた後、彼女は俺の腕の中で完全に安心しきったような穏やかな寝息を立て始めた。その幸せそうな寝顔が俺の罪の重さを物語っていた。俺は贖罪を果たしたのだろうか。いや違う。俺はただ嘘を重ねただけだ。言葉だけでなくこの身体を使ってまで。


 涼子の清潔な部屋の暗闇の中でただ目を見開いていた俺は、自分の行動が事態をさらに深刻なものにしてしまったことにようやく気づいた。俺はもう誰のことも愛する資格はない。俺はただ二人を裏切った最低の男なのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る