第4話 ネイディア中層 後編
「囚人と看守が揃ってこんなこと言い合ってンだぜ、面白ぇよな」
ハリスの言葉にシエラは笑いながら一歩踏み出す。
シエラの足払いにハリスが跳んで躱すと、シエラの鳩尾の膝蹴りをハリスがバックステップで躱す。
「動きがわかりやすい」
ハリスにはカインのような筋肉はないが、頭脳を使ってまるで先読みしたかのように確実に躱される。
シエラの膝蹴りが空を切った瞬間、カインの声が鋭く飛んだ。
「無駄打ちはするな、シエラ!」
その言葉と同時に、カインは前へ踏み込む。
電磁銃を構え、ハリスの退路に撃ち込む。
狙いは直撃ではなく、動きを制限するための牽制射。青灰の瞳は冷たく、完全に制圧モードへ切り替わっていた。
「頭脳だけのガリには、退路を潰すのが一番だ」
カインが低く吐き捨てると同時に、ハリスが舌打ちしてバックステップを取る。
だが、その背後にはシエラがすでに回り込んでいた。
「ハッ、俺を囮にすンのかよ!」
シエラが笑いながらも素早く踏み込み、わずかな体勢の乱れを狙ってハリスの腕を掴みにいく。
「二対一なら、頭脳も詰むだろ?」
カインが冷たく告げる。
シエラの腕がハリスの肘を捉えた瞬間、カインは一切の躊躇なく非殺傷弾をハリスの膝へ撃ち込む。
金属音と共に火花が散り、ハリスの片足がわずかに崩れる。
「今だ、シエラ!」
その声に合わせるかのように、シエラが体をひねり、ハリスの腕を後ろに極めにいった。
「クッ…!看守が囚人に肩入れして…!」
ハリスの言葉に、シエラが腕を極めながら答えた。
「ちげえ。コイツはスパイみたいなもンだから正式には看守じゃねえンだとよ」
シエラはめんどくさそうにそう言ってカインを見た。
「で?どうすンの?ここまで来てお前に首輪の爆弾を爆発されたくないから殺さねえけど」
シエラは身を捩ろうとするハリスをさらに強い力で締め上げながら問いかけた。
「……任せる、ね」
銃口が静かにハリスの首筋へ向けられる。
非殺傷弾を至近距離で撃ち込めば、どんな怪物でも数分は動けない。
「シエラ、力を抜け。押さえは俺がやる」
鋭い声が飛ぶ。命令のようでいて、妙に信頼の響きを帯びていた。
シエラがわずかに力を緩めた瞬間に、カインの引き金が引かれた。
低い破裂音と共に青い閃光が走り、ハリスの体が硬直し、糸の切れた操り人形のように床へ崩れ落ちる。
「……これで暫くは起き上がれないだろう」
銃をホルスターに収めながら、カインは吐き捨てるように言い、シエラに目を向ける。
「殺しじゃなくても止められる。それが俺のやり方だ」
「へー」
冷徹に言い切る声に、無感情なシエラの相槌が入る。だが、カインの心の奥には、シエラが殺さなかったことに対するわずかな安堵がにじんでいた。
「行くぞ。次はこいつが目を覚ます前に抜ける」
「飼い主様に従いますよ…っと」
シエラが仰々しく肩を竦めると、上層を目指すカインの後を影のようについていく。
「監視カメラの動き、速くねえか?」
「ああ、警戒態勢に入ったな」
カインは足を止めずに監視カメラの首振りを横目で見やり、低く唸る。普段なら一定のリズムで動くカメラが、不規則に、速く視野を切り替えている。
「ハリスが逃げた時点で、“死刑執行システム”の異常は記録されてる。つまり今、俺たちはオルフェウスの網の中だ」
青灰の瞳が鋭くシエラを射抜く。
「ふざけて歩いてみろ、即座に鎮圧部隊が降ってくるぞ」
足を速めながら、カインは短く通信機を操作し、上層へ通じる搬送チューブのルートを表示する。
「急ぐぞ。選択肢はもう残されちゃいない」
そう吐き捨てながら、カインは前方のゲートを指差した。
「……この先がシャフトだ。上層へ直通する。だが、十中八九、待ち構えてる」
「確か上層は看守と管理システムがあるンだったっけか?」
シエラが走りながらくっ、と喉奥を震わせるように笑った。
「さあて、お前がどこまで"殺し"をせずに逃げられるか見ものだな」
「……ああ、見ものだろうな」
カインは吐き捨てるように言い、走りながら銃を構え直す。
「だが、俺は最後まで殺さずに抜ける。そのために雇われたし、それが俺のやり方だ」
強化スーツの脚が金属床を叩き、低い振動音を響かせる。すでに上層の監視網は完全に警戒態勢に入っている。
それでもカインの足取りには一切の迷いがなかった。
「シエラ」
名を呼びながら一瞬だけ視線を投げる。
「お前が血を差し出した時点で、この脱獄は二人で背負った。だから俺は絶対に非殺を通す」
カインは銃口を低く構え、シエラへ短く告げる。
「試すなら勝手にしろ。ただし俺の背中で死ぬなよ」
「うるせえンだよ偽善者」
シエラが苛立ち混じりに言う。シエラ自身もなぜイライラするか分からなかった。
「お前はそこまでして金が欲しいのか」
シエラがぶっきらぼうに言うとカインが静かに答えた。
「……ああ、欲しいさ」
カインは視線を逸らさず、シエラを一瞥もしなかった。
「金なんざ紙切れだ。だが、その紙切れで救える命がある」
「…」
カインが短く吐き出した声は、事実を言い切るだけだった。
「俺は部下を殺した。残された子供に、俺が生きてる代わりに仕送りをしてる。
あいつが望む未来を買えるなら、俺の手なんざいくらでも汚す」
その青灰の瞳には、迷いは一切ない。
「偽善者じゃない。俺は俺のためにやってる」
声は低く、鋭く。
しかし、シエラは何かを察したと言わんばかりににやりと笑う。
「酒か女かギャンブルだと思ったが、成程な…金もそうだろうが、お前、無意識に死のうとしてンな?」
シエラがカインに、囁くように呟いた。
「贖罪で金を稼ぐために危険で高額な任務を引き受けまくって、心のなかでは死んで贖罪にしようと思ってンだろ」
「……黙れ」
カインの声は低く、鋭く切り捨てるようだった。だが、その背中は一瞬だけ硬直した。
青灰の瞳が鋭く前方を睨みつけながらも、ほんの一拍、揺らぎが走った。
「贖罪?……そんな大層なもんじゃねえ」
吐き捨てるように言いながらも、声は少し掠れていた。
「俺は生き残った。部下は死んだ。それだけだ」
カインの足取りに迷いはなかった。目の前には上層へ向かう
「……生き残ったやつが金を稼いで、子供に食わせて……それでチャラになるなら安い」
短く息を吐き、シエラを振り返らずに言い放った。
「死に場所を探してる?……そう見えるなら好きに思っとけ。だが一つだけ違う」
一瞬、青灰の瞳がシエラを横目で射抜いた。
上層へ行くチューブまでは後少し。
「俺は、まだ死なねえ。お前を引き渡すまではな」
「…そうかよ」
カインは躊躇いなく上層へ通じる搬送チューブに飛び込み、シエラも後に続いて飛び込んでいった。
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