第5話 ネイディア上層 前編
チューブを出た先の上層に着くと、強化された監視網が敷かれている。
カインはチューブを出たその瞬間に突破のための第一射が放たれ、カインの突撃と同時にシエラも走り出す。
「っらぁ!」
シエラが看守ロボの胴体を蹴り上げ、液晶を割る。
「ロボならいいんだろ!ぶち殺しても!」
シエラは振り向きざま看守の足元に回し蹴りを放ち、無力化する。
「……上等だ」
カインは低く吐き捨て、シエラが蹴り飛ばしたロボを飛び越えてさらに前へと進む。
青灰の瞳が光を反射し、非殺傷銃から閃光弾を撃ち放つ。
炸裂した光が通路を覆い、センサー搭載型の看守ロボが次々と視覚を奪われる。その間にカインは迷いなく動き、的確に関節部へ銃弾を撃ち込み、動力を停止させた。
「ロボなら構わない。だが人間相手は勝手にやるな」
振り向きざま、冷たく釘を刺す。
しかしその声の奥には、シエラが人間を殺さなかったことへの安堵がわずかに滲んでいた。
通路の床に転がる機械の残骸。
スパークを散らしながら沈黙するロボットの群れを見下ろし、カインは短く息を整えた。
「突破口は作った。――行くぞ」
シエラの肩を無理やり押し出し、二人でゲートを抜ける。
『異常事態を感知しました』
廊下全体に響き渡る声は管理システムオルフェウスのものだ。
「……来たか」
カインの口から低い吐息が漏れる。
『警戒レベル5、対象2名の殺傷を許可します。看守は直ちに上層エリアへ』
シエラが焦りを帯びた声で笑う。
「…おいおい、警戒レベル5ってやべえンじゃねえの?どうよ元"看守"様」
「まずいに決まってる」
カインは即座に答えた。声は淡々としていたが、目の奥には戦場特有の鋭さが宿る。
「レベル5は最終防衛プロトコルだ。通常の鎮圧兵器じゃなく、殺傷モードが解禁される」
銃を構え直し、周囲の監視カメラとドローンを睨む。
「つまり、ここからは俺たち二人とも“処分対象”ってことだ」
「へえ、元々死刑囚の俺には関係ねぇな」
青灰の瞳が横目でシエラを射抜く。
「――ロボなら殺していい。さっきの言葉、覚えてるな?」
次の瞬間、天井パネルが弾け飛び、武装ドローンが数体降下してきた。鋭い機械音が響き、赤い照準レーザーが二人に重なる。
カインは舌打ちし、短く命令を飛ばした。
「シエラ、後ろは任せた。俺が前を叩く!」
ドローンから光線銃が放たれ、シエラが避けるも、右腕と左足首に光線を受け、シエラの体が蹌踉めいた。
「ち…ッ!こっちは素手だっての…!」
シエラは毒づきながら軽く跳ぶと、ドローンに回し蹴りを放ち、潰れたドローンを手にもう一体のドローンにぶつけて沈黙させる。
「無茶するな!丸腰でどこまで持つつもりだ!」
カインは舌打ち混じりに叫び、シエラがドローンを叩き潰して投げつける様子を見て、即座に前へ出る。
「るせ、俺の怪我に気ィ取られてンじゃねえ。欠損以外は掠り傷だ」
「……欠損以外は掠り傷、ね」
カインは短く吐き、シエラの異様な治癒力を一瞥した。
常人なら焼き切れているはずの皮膚が、血の滲みもなく再生しかけていて、カインは不気味なものを見たかのように目を逸らした。
「腰抜け看守、甘ったるい理想掲げて死ぬンじゃねえぞ」
「余計なお世話だ」
その時、背後の通路に複数の足音が重なった。
「……チッ、人間部隊だ」
カインは反射的に振り返り、銃を構える。
レーザーサイトが壁を赤く染め、装甲を纏った有人看守部隊が突入してくる気配に。
「シエラ、前方は任せた! ドローンは潰せ!」
カインの声が鋭く飛ぶ。
「後ろは俺が抑える。……殺さずにだ」
シエラは開きかけた口を閉じて、一歩踏み出していく一方で、カインは腰のホルスターから閃光弾を抜いて後方へと投げ込む。
「……来いよ、ネイディアの犬ども」
白光が廊下を灼き、装甲に包まれた看守たちの動きが鈍った。
その瞬間を逃さず、カインは前へ。
銃床を逆手に持ち替え、最前列の兵の顎を上へ跳ね上げる。
装甲ヘルメットごと視界が揺れ、兵がよろめいたところに、カインの肘鉄が鳩尾へ深く叩き込まれた。
「ぐっ……!」
呻き声と同時に膝を折る兵を、カインは無造作に壁へと叩きつけて沈黙させる。
後続の兵が銃口を向けるが、すでに遅い。
カインは兵士を盾にして射線を潰し、逆の腕で催涙ガス弾を投げ込む。
白煙が爆ぜ、視界を奪われた部隊が咳き込みながら蹌踉めいた。
「俺は殺さない、絶対に。」
自らに言い聞かせるように呟き、迷いなく体を滑り込ませる。
一人の膝裏を蹴り抜き、倒れた兵の首筋に電磁スタンを突き当てて痙攣させる。
さらにもう一人が振り下ろす警棒を腕で受け流し、逆に肩関節を極めて地面に叩き伏せた。
肩で息をしながら顔を上げたその時、カインが壁にたたきつけたはずの兵士がうめき声を漏らしながら銃の照準をシエラに合わせる。
「――ッ!」
正確な照準でシエラの心臓ど真ん中に銃弾が放たれた。
銃声が廊下に響いた瞬間、視界がスローモーションのように伸びた。
照準の先。
赤いレーザーがシエラの胸元を正確に捉えていた。
(間に合わねえ……!)
脳裏に浮かんだのは、あの忌まわしい戦場。部下を守れず、血の海に沈ませた記憶。
同じ光景を、また繰り返すわけにはいかなかった。
「――ッ!」
身体は勝手に動いていた。
シエラを背中で突き飛ばし、同時に自分が照準の線に飛び込む。
「…ッ!?おい、」
シエラの怒り混じりの声がした次の瞬間、灼けるような衝撃がカインの胸を貫いた。
音が消え、ただ心臓の奥に熱が広がっていく。肺が潰れるように息が詰まり、喉から血の味が上がった。
(……これで、もう、……いいか)
カインの視界が揺れる。
「…は?」
シエラが目を見開いた。
「クソがッ!」
シエラは即座にドローンの残骸を蹴って火災感知器にぶつけると、防火扉が降りる。
扉が閉まると、カインを横たえ、散っていたドローンの翼で乱暴に手首を切った。
「甘ったれのくせに!死んでンじゃねえ!」
横たえたカインの傷口の上で、シエラは自分の手を握り込む。
「ほら、立てよ…ッ!」
シエラはぼたぼたと血液を銃弾を貫いた傷口に垂らして、怒りを噛み殺すように言った。
カインな、胸の奥を灼くような痛みが、不意に冷たさへと変わる。
(……こいつ……)
半ば閉じかけた瞼の隙間に、癖のある黒い髪が揺れる。
シエラはカインと目を合わせていなかったが、怒りを滲ませて、傷口に自分の血を流し込んでいるシエラの姿。
「……っ……やめ……」
カインは掠れた声を絞る。
だが、胸の奥に広がる冷たい奔流は止まらなかった。
「口閉じろ。次俺を庇ったら殺してやる…!」
シエラの言葉とともに焼け付いた心臓を撫で回すように血が浸透し、死の気配が遠ざかっていく。
「……次、庇ったら……殺す……だと……?」
荒い息の合間に、かすかに笑いが漏れた。
「……脅してるのに……命繋いでやがる……矛盾だらけの……化け物め」
手の震えを押さえ込み、シエラの手首を掴んだ。
そこから滴る血が止まらない。
「……借りは作らねえつもりだった……が……」
言葉を最後まで吐き出す前に、喉が詰まり、短く咳き込んだ。赤黒い血とともに、息が戻る。
(……生き返らされた……)
深海の監獄の冷気の中、確かに感じる鼓動。
それは自分のものではなく、目の前の殺人鬼に与えられた命の鼓動だった。
「は。分かったらもう二度と俺の血頼ンなよ」
シエラが嘲るように言うが、カインの胸の致命傷は既に血が止まり、痛みも消えかかっていた。
オルフェウスが即座に防火扉を上げる判断を下し、防火扉が開かれる。
「は、…正面突破すンのはキリがねえな…なんかねえのかよ?」
扉が上がれば、目の前にはドローンと有人部隊が待機している。
「……確かに、この数を正面突破するのは自殺行為だ」
カインは素早く周囲を見渡す。
カインの視線が天井の配線や壁のメンテナンスパネルに走り、脳裏で戦術図が組み上げる中でシエラがつぶやいた。
「だが思ったより兵士が集まってねえのが救いだな」
「…ハリスの処理に時間がかかっているのだろうな。今のところのオルフェウスの本命はハリスだ。まだ完全に兵を割けてないんだろう」
カインが短く分析を口にすると、銃をホルスターに収め、携行していた小型EMP発生装置を取り出す。
「正面は囮にする。EMPで一瞬だけドローンを落とす。その間に隣接通路に回り込むぞ」
青灰の瞳がシエラを射抜く。
「お前は人間相手に手を出すな。機械だけ潰せ。……守れるか?」
問いかけの声は冷たくもあったが、シエラを試す色は消えていた。
「俺は首輪つけられててもお前の飼い犬になった覚えはねえンだよ」
シエラは忌々しそうに答えるが、すっと後ろに下がり、カインと肩を並べる。
「……いい心掛けだ」
EMPのスイッチにカインの指がかかる。
「三秒後に全機が沈黙する。その間に突破するぞ――合わせろ」
カインは短く言い捨て、EMP装置のスイッチを強く押し込んだ次の瞬間、廊下の照明が一瞬だけ揺らいだ。
ドローンの赤い照準が明滅し、複数の機体が同時に沈黙、金属音を響かせて床に墜ちる。
「今だ――行けッ!」
「わかってンだよ!」
カインとシエラは肩を並べ、真正面に駆け出す。
最前列の有人兵が銃を上げる。
カインは低く身を沈め、床を蹴って滑り込み、銃口をはじき飛ばす。
同時に膝で相手の足を払って転倒させ、無力化。
「次!」
「こっちもな!」
叫ぶ声とほぼ同時に、背後でシエラがドローンの残骸を叩きつける音が響いた。
機械が火花を散らし、鉄臭い煙が漂う。
お互い振り向かない。
互いの存在を信じるかのように、ひたすら脱獄の希望へと向けて廊下を走り抜ける。
目の前には、希望の隙間から同時にネイディアのAI統括システム《オルフェウス》が待ち構えていた。
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