第15話 “初めての撮影会 #1/2”

「お待たせしました~」

 怜奈さんの片腕には大きな海外旅行用のスーツケースが2つ。さらに、長細い、英文字のロゴが入った黒く太めの丈夫そうな袋? カバン?を肩にかけており、とにかく重たそうだ。何より身動きがとりづらそうにしている。


「いえ、今来たところです。お嫌でなければ、持たせてください」

 遠慮する彼女だが、さすがにそれは忍びない。少し強引かもしれないが、そっと長細い袋とスーツケースを片方受け取る。

「慣れているから大丈夫ですのに〜。でも、ありがとうございます!」

「いえ、しかし見た目よりも意外な重量ですね」

「あはは〜、金属? カーボン? とにかく硬い棒の集合体みたいなものですからね」

 本当に、何が入っているのだろう。確かに鉄パイプのような感触が、肩にかけた黒い袋の中から、何本も感じられる。


「しかし怜奈さんは今日も本当に素敵なお姿ですね。Twikkerでの写真もですが、お人形さんのように可憐です」

 歩き出す彼女に従い、北口を背にまっすぐ進む。

「う、うぅ? ありがとう、ございます…///」

 少し早足になった彼女の後について行き、到着したのは大きめの家屋だった。


「ここで少し待っていてくださいね」

 係りの方だろうか、事務室のような場所へ声をかけに行った。

 しばらくして案内されたのは、様々な調度品や小物が情感たっぷりに並べられた部屋だ。

「ここは撮影スタジオ、です♪ コスプレとか、商用撮影にも使われていますけど、ドールOKな理解あるスタジオさんなので、しばしば使わせてもらっているんですよ」

「このような場所があるのですね。なるほど、小物の配置が生活空間というには独特だと思いましたが、撮影用の風景がセットされているわけですか」

 さらにスタジオの方だろう、案内されたのはメイクアップルームを兼ねた、控室だった。

 いくつか、家具を勝手に動かさない、傷の防止、撮影後の現状復帰など、ごく基本的な注意事項を教えてもらう。

 5時間の利用が可能で、後は自由にと、この空間には怜奈さんと私だけが取り残された。


「ささ、時間も限られますから、始めましょう! 今日お連れしたのはですね、お迎え初日にスマホで撮影した時、すごく悩まれていましたし、カメラを買うと言っても具体的にどんな風に撮影できるのかのイメージがないと、分かりづらいかなと思ったので、ちょっと強引でごめんなさいですが、撮影スタジオにいきなりお連れしちゃいました!」

「とても嬉しいです。確かに、せっかく可愛い紗雪の姿を収めたはずが、この前の写真は…ええ、現実を写し取る写真も、撮影者の技術が及ばねば、どうなってしまうかという悪い見本でしたね」


 今もせっかくなのでと、机の上に飾ってはいるが、スマートフォンのフラッシュがピカッと光り、真正面から写した紗雪は…ええ、ちょっとした恐怖画像になってしまった。紗雪と私の名誉のためにも永久封印すべきかもしれない。


「まず、紗雪ちゃんに準備してもらいましょう。ドレスは着たままですか?」

「いえ、シワになりそうでしたので、寝間着を着た状態でヘッドとウィッグはアドバイスいただいた通り外し、ミニスーツケースの中に」

「では、ナオさんは、お着替えをしてあげてください。私はちょっと機材を設置してきますね」


 せっかくなので別のドレスをと、先日購入した華やかなパーティードレスに着せ替えていく。

 V字に胸元が空いたデザインの、裾に向かって花開くような、黒のドレス。

 透け感のある生地を幾重にも重ねることで、肌を透かして見ることはできず、上品でありながら、軽やかさを演出している。

 ノースリーブの肩口は小さな真珠やグラスビーズが縫い付けられ、アクセントに。

 胸元には金に彫刻の施された地金に真珠が丁寧にあしらわれ、黒いドレスの中に華やかなバラの花が咲き誇る。

 幾重にも折り重ねられた様々な長さのスカートがふんわりと広がり、身にまとい、歩みを進めたならゆらゆらと、幻想的に揺らめくだろう。

 スカートの随所には光を反射し、夜空の星のようにきらめくグラスビーズや輝く蝶々の飾りが宝石のようにちりばめられ、さらに黒一色では重くなってしまうのを避けるように、ブルーの透け感のある生地が随所に挟み込まれ、陰影のコントラストを強めている。


 ドールスタンドに着付けを終えたボディを立たせ、ウィッグをセット。いよいよ紗雪の命ともいえるヘッドを、そっと乗せてあげる。人の魂が宿るのは心臓か、脳か、それともといった議論はよく聞かれるが、人形少女については間違いなくこのヘッドであると私は答えるだろう。

 まさに魂の宿る瞬間とでも言うのだろうか。やはりこの時、この瞬間に、真の意味で紗雪に生命が宿ったと、実感できる。

 先ほどまでは美しくも、人形の身体という域を逸脱することがなかった存在が、輝くばかりの気配をまとい、圧倒的な美の化身として訴えかけてくるのだ。

「窮屈でしたわ、ようやく、出してくださったのですね」

 そう、仕方がなさそうに微笑みながら、語りかけてくれているようだ。


 …

 …


「お着換え終わりましたね、そしたらこちらに連れてきてあげてください」

 控室と、スタジオスペースを何度も行き来していた怜奈さんから声がかかる。

 紗雪がドールスタンドから落ちないよう、左手で腰を支えながら、台座を右手でしっかりと持ち移動する。

 するとそこには、先ほどまではなかった様々な機材が並んでいた。


「まずは試しで、そこの窓の前の所、柱風のオブジェの上に立たせてあげてもらえますか」

 指示に従い、パルテノン神殿の柱を小さくしたようなオブジェの上に、立たせてあげる。


「まずは二枚撮ってみましょう! 両方この前みたいにスマホで、一枚目はフラッシュを光らせて。二枚目はフラッシュを禁止してみてください♪」

 言われるまま、撮影してみる。

 先日の夜の自室よりはましだが、フラッシュをたいた写真は背景が暗くなり、紗雪は光が平坦にあたって、お世辞にも綺麗には見えない。命を失った、それこそ人形のようだ。

 フラッシュ無しはまだましだった。背後の窓から差し込む太陽光が輪郭を際立たせ、少し神秘的だ。しかし、せっかくの可愛い顔が陰になってしまって、見えない。


「次はこのカメラで、二枚です。使い方は後でお教えしますので、今は私が撮ってみますね」

 一枚目はフラッシュ無しなのだろう。カメラの小気味よい”カシャリ”という音だけが聞こえた。

 そして二枚目を撮影する前に、スタジオに来た時にはなかった、三脚のような金属質な台座の上に白い面を紗雪に向けた機材を複数、怜奈さんが動かし始める。まるで証明写真でも撮影に行く写真館のようだ。


「ナオさん、これを、紗雪ちゃんの少し下から斜め上に光を反射するように持ってみてください」

 これはレフ板というものだ。これならば知っている。銀色の面と白い面がある。かがみこんで、白い面を紗雪に向け、待つこと少し。


「加工前の撮って出しですけど、どうです?」

 カメラの後ろ側の液晶モニターを見せてくれる怜奈さん。

 小さな画面を覗き込むため仕方ないが、ぎゅっと身を寄せていらっしゃるので、肩や柔らかな身体があたり、心臓に少々よろしくない。ほんのり香水、いやシャンプーだろうか、爽やかな香りまで。


「ね? ね? ほら二枚目、背景ともしっかりあっていて、それでいて紗雪ちゃんのかわゆい姿もばっちり!」

 反応がないことに少し焦れてしまわれたのだろうか、トントンと、胸板に頭を預けるように撮影された写真を見せてくれる。いけない、ちゃんと集中しなければ。

「背景の窓からの光に透けるドレス、うっすらと浮かび上がる輪郭に、しっかりと紗雪自身も違和感なく強調されていて、神秘的です。それに」

 ところどころを拡大して見せてくれる映像をしっかりと見つめ、

「髪の一筋一筋まで精細に描き出されているのですね。何より光の強弱も、左右で変えていらっしゃるのでしょうか。陰影がしっかりと表現されていて、表情が目で見る以上に生き生きとしているように感じられます」

「ライティングも色々な種類、やり方がありますけど、まずは感覚でいいと思うのですよね~。一応機材も簡単にご説明しますけど、いきなり買うのをお勧めするとかでは決してなくて、先々できること、こういう風にしている人がいるっていうのだけ、知ってさえいれば、ご自身のドール生活の選択肢が広がると思うんです」

「自分の進みたい道筋の先を知っておくことは、間違いなく重要ですね。さすが怜奈さんです」

「これ、ナオさんが私の受験の時に教えてくれたことですよ♪」

「そういえば、そのようなこともありましたね」


 そうだ。点数、外からの評価、世の中が言う理想。そうしたものに引きずられ、私はずいぶん後悔もした。

 特に怜奈さんも進もうとされていた、私がかつて卒業した東京の大学は、入学時点では専攻が決まらず、実に1年半もかけて再度の得点競争を繰り広げる。時に進みたい方向、卒業後の進路が見えないままでは、いたずらに必要得点の高いところを狙うべしといった風潮が生まれる場合もある。

 そうしたことを、実にお説教臭い、嫌われる大人だと思いながらも、彼女には説明したことがあった。


「わたし、ナオさんに教えてもらったことは絶対忘れませんから♪」

 いただく信頼の厚さに、責任重大だと感じてしまう。本当に、もし私に娘がいたなら、このくらいの年だったのだろうか。

 彼女の家庭の不仲も、正直感じとってしまっている。うまく支えてあげられると良いのだが。


「ん〜、ナオさん、やっぱり私のこと、子供って見てる気がする…もう花の大学生、大人なんですからね?」

「ええ、そうですね。初めてお会いした時からお美しい方でしたが、一層大人になられ、思わずドキドキしてしまいます」

「むぅぅ。ずるいです…」

 よくよく考えると、スタジオの方が監督してはいるのだろうが、広いとはいえ個室に二人きりだ。話題を変えるべきだろう。


「それで、怜奈さん、お恥ずかしながらレフ板くらいしか存じ上げず。この、三脚? はどのようなものなのでしょう」

「あ、はい! それはですね、ライトスタンドって言って、ストロボ、ピカッと光る遠隔操作の装置を支える台なんです。伸ばしたり縮めたりできるので、光源の高さが変えられます。さらに、この白い面が表面に出ているのをディフューザーって言います」

 ツンツンと、ライトスタンドの先端に取り付けられた、直径60cmほどの六角形の覆いを指さす。


「この中に、ストロボがライトスタンドの先端に取り付ける形で納めてあって、このディフューザーの中に光が閉じ込められます。で、閉じ込めた光をこの白い面から、びーって、照射するのです。そうすると、元は小さな点から光がピカッと光るストロボの光が、この白い面いっぱいの光に変換されます。いわゆる点光源から、面光源に変わるっていうことなのですけど……」

 そこで細かな説明になりすぎたことに気づいたのだろう、少し逡巡し、


「まあ要するに、陰の感じがまろやかになって、優しい雰囲気になると、くらいに思っていただければ! アンブレラとか、ディフューザーの大きさによる違いとかいろいろありますけど、そのあたりはいざ本当に用意するときにお教えします。今はこれくらいの大きな機材があると、できることが広がるくらいに知っておいてくだされば。ちなみに、ライトスタンドとディフューザーで4万円くらいですね。ストロボが1個、7万円。今使っているのが2個で、普段は大体3個は使ってます」

 さすがに様々な撮影をこなしている怜奈さん、かなりの投資もしているのだろう。


「でも、まず初めは、特にこういう綺麗に光の入るスタジオさんなら、レフ板があれば十分ですよ! ということで、時々ストロボも使いつつ、レフ板中心に紗雪ちゃん撮影会を楽しみましょう♪」

「はい。ところで、怜奈さんのドールの子たちはよろしいのですか? せっかくスタジオをお借りしているのですし」

「今日はいいんです! ナオさんと、“合わせ”もいつかしたいな〜とは思っていますけど、ナオさんの紗雪ちゃんに、他の子との絡みをしてもらうのはちょっと違うかな〜って。やるとしても、女の子同士一択ですね。百合はなんとなく、お好きそうって思いますし」

「なるほど?」

「ナオさん、分からないってお顔してる。今はそれでいいんです! あ、でも、撮影会とかもし参加することがあっても、まずは私に相談してくださいね。いろいろ、問題が起きることとかも絶対にないとは言い切れないので。ドールの子との接し方とか、やりたいこと、目的とか違う場合もどうしてもありますから」

「わかりました。あまりそういったことは考えてはいませんでしたが、もしもの時は怜奈師匠に頼らせていただきますね」

「えへへ〜」と、少し得意げにする怜奈さん。師匠と呼ばれるのはいつも嬉しいようだ。

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