第16話 “初めての撮影会 #2/2”
それからはもう、カメラの操作方法を教えてもらいながら、夢中で紗雪の撮影をしていた。
そしてそれ以上に、ポージングの妙技!
棒立ちか、せいぜい少し手足の角度、顔の向きに気をつける程度の私と違い、見かねた怜奈さんが生み出すポージングたるや。
ドールボディの可動限界を熟知しているからこそなのだろうか。
優雅な腰のひねりが生み出す女性らしい曲線美。左足をぐっと引き、腰を反らせ、腕を大胆に振り上げ、まるで舞い踊るような紗雪の躍動感あふれる姿!
床に置かれた立派な蝋燭シャンデリアを背景に、ちりばめられたアンティークな本のページ、漆喰に食い込むように飾られた植物。打ち捨てられた洋館のような様子の中、妖精のごとく舞い降りた紗雪が踊れば、途端に主の帰還を喜ぶかのように、斜めに傾いだ真鍮とガラスの照明は輝きを取り戻し、打ち捨てられたページも再び役目を果たさんと喜びに空に舞うかのようだ。優雅でありながらどこかやんちゃな紗雪。
「むぅ、紗雪ちゃんを前にするとやっぱりナオさん、完全に集中しちゃって、こっち見てくれないな…」
窓辺で白く柔らかなカーテンにくるまり、そっと口元を隠す。恥ずかしげにこちらを見つめる上目遣いの眼差し。黒いドレス、灰銀色の髪、光を透かす白い窓辺、モノトーンの色合いの上品な静謐さ。その中にあって、しっかりとこちらを見つめる翡翠色の瞳に浮かぶハートが、強烈なまでに意識を惹きつける。”もっとこっちにいらして、そっとこのカーテンをはぎ取って、私を攫って”、そう言わんばかりに私を魅了してやまない紗雪。
「ドール、可愛いものね。わかるな~。でも頑張らないと、ナオさんしか私には…」
ひときわ豪華な人間大のひじ掛け椅子の上に、ちょこんと澄まし顔で座る。下から見上げるようにその姿をデジタルフィルムに収めれば、まるでこちらを睥睨する女王様のようだ。うっすらと開いた唇が、冷たく嘲笑する紗雪。
ところが、玉座の周りには怜奈さんが連れてきてくれた可愛い小さなフェルトのぬいぐるみが配置され、一転、大変メルヘンで可愛らしい、おとぎの国の優しい女王様に大変身。にこやかに微笑みを振りまく紗雪。
「小物遣いや可愛いお友達、こうした一つひとつでこんなにもドールの表情、感情まで違って見えるのですね」
「ですです。だからこそ、沼というか、色々集めだすときりがないんですよね~」
「衣装もですが、こうした小物もどのように見つけられているのですか?」
「ん~、普通に雑貨店さんとかを回ったりネットで探したりもあります。後は衣装や家具はとにかくドールイベントですね。メーカー公式のイベントもあれば、ドール全般を対象にした個別イベントも全国で開催されます」
腰に手を当て、立てた人差し指をふりふりと、顔の前で振りながら、黒い瞳で見つめる怜奈さんが続ける。
「そうだ! 8月後半には、メーカー公式のドールイベントがあるので、ナオさん、一緒に行きましょうよ! 会員登録はこの前してありますから、入場整理券を公式通販で購入するんです。細かいことは今度メッセージでお送りしますので、どうですか?」
「イベントともなると、かなり人目があると思います。ご一緒してよろしいのですか? ドールオーナーのお知り合いも多いのでは。先日の店舗でも、お名前、ハンドルネームも覚えられていたようでしたし」
「もちろんです! ディーラー参加じゃないですし、休憩スペースもいるかな〜。でも2人だし、いっか。いきなりのイベントでドール同伴も、ん〜、どうだろう、買い物だけに集中した方がいいかな。でもせっかくだからドールを連れて午後歩き回るのも面白いだろうし、にゃ〜、悩ましい!」
とても早口に何か悩みだしてしまった怜奈さん。
撮影中も時々小さな声で、何かを呟いていたようだ。
「そのお話も伺いたいですし、一度休憩にしますか?」
ずっと重いカメラや機材の調整をしてくれていたのだ。知識不足でお役に立てない自分を恨みながらもお任せするほかなく、心苦しく思っていたところだった。ちょうど3時間弱が過ぎ、スタジオを借りている時間も折り返しを過ぎたところ。一服入れるのも良いだろう。
「あ、そうですね! 一通り撮影もできましたし、控室でちょっと甘いものでも食べましょう。ちゃ〜んと、お菓子も持ってきてありますからね〜。ナオさん、甘いもの好きですもんね」
「あはは、そうですね。お酒やタバコを嗜まない反動なのか、どうにも目がありません」
「うふふ、そういう男性の方が私は好きです!」
確かに初めのご説明で、控室の中に限っては常識の範囲で飲食可能だと伺っていた。
紗雪にもメイクアップ台の鏡前に座ってもらう。こうしたところで、メイクをしている様子をテーマに撮影するのもよさそうだ。
「それでですね、実は今日こんなものをお持ちしていまして」
ピンク、茶色、オレンジ色、色とりどりの丸く可愛らしいお菓子が、透明のラッピングに包まれ、本の形をした箱の中に収められている。
「これは、まさか手作りのマカロン、ですか!?」
「はい、市販品みたいにきれいな形にできていませんけど…昨日、作ってみたんです。ラズベリー、オレンジ、チョコ、です」
「いや、これは、感激です」
「嬉しいな♪ 受験のときとか、お勉強見てくださるときに、お菓子や甘いものを食べさせてくださったな〜って思い出しながら、作ってみました」
家庭教師というには現役から遠ざかりすぎておこがましくも、いつも彼女の勉強を見てあげるときは、喫茶店などを活用していた。彼女の自宅で、と申し上げたこともあったのだが、それだけはどうかやめてほしいと頑なに固辞され、私の自宅は論外ということでそのような形に落ち着いたのだ。
「コップは紙コップになってしまうのですが」
そう言って取り出されたのは魔法瓶。ほんのり湯気の立つ黄色味を帯びた液体がコポコポと注がれる。
ほんのり甘い香りが漂う。
「ささ、どうぞ召し上がってください。お茶はカモミールです」
「生地の中がしっとりとしていて、大変おいしいです。お店のものよりも好きです。お料理だけでなく、お菓子作りまでお上手とは」
「食べてみたいな〜っていうものあったら、教えてくださいね。何でしたら作りにいきますし!」
和やかな空気の中、ひと時のティータイムを過ごすのであった。
後半は再度着替えをして、撮影をすることになった。
あの日購入したもう1点、赤と黒の華やかなドレスだ。
と、ドレスを脱がせているときに、違和感に気が付く。
「怜奈さん、背中の所に黒い跡がついてしまったようで、ハンカチでこすっても取れないようなのですが」
黒い、染みのような、輪郭のぼやけた楕円に近い形状の跡が、綺麗な背中に残ってしまっている。
「あちゃ~、色移りしちゃってますね。多分、この前着せていたゴシックドレスかなぁ…」
「色移り、ですか?」
「強くこすったり、長時間着せっぱなしにしていると、お洋服の染料がドールの素材に付着、染み込んでしまうことがあるんです。ひどい時は、どちらもしていなくても起こる場合が、絶対にないわけではないですけど」
珠のお肌に黒い染みができてしまい、紗雪が大層悲しそうだ。ちょうど鏡越しに見えるので、じっとそちらを見て、“何が起きたの、オーナー……”と心細い呟きが…。
「これは、洗い落とすことはできるのでしょうか」
「歌姫ちゃんみたいなタイプだと、染料の侵食が浅ければ、磨く、つまり研磨して染料の入り込んだところを削り取ってしまえばいいのですけど。紗雪ちゃんタイプのドールだと、難しいですね。染料を抜くための薬剤が売っていますけど、塗って、ラップとかでくるんで、かなりの時間放置。その上でどこまで落ちるかな〜。下手すると素材の質感や色味が変わる可能性もあるので」
「なんと…私は紗雪に消えない傷をつけてしまったのでしょうか。どう責任をとったら」
“私、傷物にされてしまったの?”
ああ、紗雪がつぶらな瞳で見つめている。
「ナオさん、深刻に考えすぎですって! ヘッドには絶対色移りさせないように気を付けないといけませんけど。ボディでしたら、ほら、パーツで販売しているでしょう? 綺麗なのに変えてあげればいいんです…(ナオさん思ったよりウェットでかわいい)。大切な子をドールと割り切りづらいとは思うのですけど、そこはほら、そういう生態なんだって。人間だって手術したり、義肢とかあるじゃないですか? そう思うのが一番です」
「確かにそうですね。怪我をされても、治してあげられると思えば良いのですね」
「ですです。とはいえ、結構出費は痛いですし、気を付けるに越したことはないんですけどね。色移り防止のタイツとかもありますけど、見た目がどうしても一枚布を全身タイツ的に着るわけで…。基本的には着せっぱなしにするなら色移りしなさそうな、白とかそういうドレスにするのが無難かな〜。それでもお気に入りの姿でいてほしいから、もう割り切って専用の、色移りしてもいいボディも別に用意するかですね」
「女性の身体をとっかえひっかえですか…? それは…いやですが…」
“奈緒さん…思考がそっちに行きますか。むっつりなところはあるのに…どうして…やっぱり年の差が…”
「ま、まあ、せっかくならお気に入りのドレス姿、いつでも見ていたいですからね」
この場ではどうにもできず、ドレスの背中に隠れるということでお着替えを進める。
白くギャザーの寄った胸元を押し上げる、黒と赤のコントラストが美しいアンダーバストコルセット。
前上がりになったロングトレーンのスカートは端を豪華なフリルが彩る。
関節部を丁寧に覆い隠すパフスリーブから手首までのアームカバーは黒のレース刺繍が華やかだ。
スカートの裾を波打つように寄せれば、ちらちらと覗く黒のガーターストッキングが大変艶やかに視線を引き付ける。
頭飾りのコサージュからは蒼い羽飾りが、黒と赤で統一されたドレスの中にあって、異彩を放ち、灰銀色の髪の中で目を惹きつける。
“私、綺麗かしら? どう?”
そんな得意げな彼女の声が聞こえてくるようだ。
「これまた、大変大人なパーティードレスで、素敵ですよ紗雪」
しばらく紗雪の可憐さを堪能し撮影した後、
「最後に雰囲気写真というか、紗雪ちゃんがいる情景的な撮影をして締めましょう」
というお誘いに、完成された雰囲気のスタジオの中にぽつんと、物憂げにたたずむ紗雪が誕生した。
ああ、愁いを秘めた表情のなんと切なく、愛おしいことか。
そうして撮影してもらった写真は、打ち捨てられたかのようにアンティーク家具が佇む神秘的な屋内庭園の中。幽玄な空気をまとう趣深いものとなっていた。
「“うちの子が可愛い”という人形主体の写真もいいですが、こうした情景の中にあってこその姿というのも素晴らしいものですね」
「自宅ではできない、スタジオならではですからね」
こうして楽しい撮影時間は終わり、片付けや、破損などのチェックをしてもらいスタジオを後にした。
「使い方もせっかくお教えいただきましたし、怜奈さんと同じカメラを購入するのが良さそうです」
カメラはやはり買うべきだと固く心に決めた。
怜奈さんも大層喜んでくれた。
と、駅へ向かう私達とは道の反対側に、紗雪のボディを購入したドールショップで購入を見送った、縦長円筒形のバッグや、スーツケースを運ぶ、8人ほどの男女の集団が。
「なぁ、付き合ってやったんだからよぉ。夜はわかってんだよなぁ」
「わかってるって言ってるじゃん、しつこいって~。でも、この前みたくやっすいよこは、嫌だかんね。こーきゅーホテル、とってよ」
「あぁん? んだよ、別に、んなとことらなくても、ヤッことヤレンだろ」
「いやぁよ。ちょっとは雰囲気も大事にしろっつの」
「今度のイベントでも阿保オタクから巻き上げんだろ? 人は出してやっからさ」
どうも、よく見れば、ドールバッグを抱えているのは女性4人だけで、男性4人はスーツケースを持つ荷物運びに徹している模様。いづれにせよ、あまり雰囲気のよろしくない集団に、そっと、怜奈さんと彼らの間に体を割り込ませ、隠すように位置どる。
私のその動きに、はっとしたように、車道の反対側に視線をやり、慌てたように私の身体にさらに身を寄せ、隠れるようにする彼女。
「どうしました? あまり近寄りたい雰囲気ではないですが…」
「あ…。あれ…。その…まつ…う、ううん。ただ、ちょっと雰囲気が嫌だなって。たぶん、もう一つ別のスタジオからの帰り…だと思いますけれど…」”はちあわせるなんて…なんで…それに・…ダメ“
何かを言いかけ、言い澱み。さらに聞こえないほどの小声でつぶやく怜奈さん。
あまり詮索してほしくなさそうな様子を感じ取り、視界から消えるまで盾役に徹した。
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