第7章 孤軍の籠城戦

第48話 開戦

 王の伯父、カルザースや宰相オドなどの貴族が率いる、一万の大軍が現れたのは、それから三日後のことだった。


 対するアニス麾下の籠城軍はわずか九百人。


 反乱軍はすぐに砦を隙間もなく包囲し、カルザースはアニスに投降の使者を送った。


 使者をつとめる若い貴族は、アニスにこう伝えた。


「王妃。ここは我らが完全に包囲しました。敬愛すべき王妃をこの手をかけるのは本意ではありません。命はお助けいたします。いますぐ王子や王女とともに、我等の元へお越しください」


 しかし、男物のかぶとをかぶったアニスは、笑って首を振った。


「たわけ。カルザースが私を生かしておくわけがなかろう。返事は弓矢でする。ヤツには早々に攻めてこいと伝えるがよい」


「くれぐれも後悔なさいますな」


 使者が帰ると、アニスは兵士たちとともに城壁の上に立った。そして攻め手の兵たちに呼びかけた。


「我は王妃アニスなり。反乱軍の将士に告ぐ。欲にまみれ、民を苦しめるだけでなく、長年の恩義がある王室を裏切る汝らの主には、一片の義もなし。早々に軍を離れ、帰郷せよ。己の魂を汚すな」


 そこにカルザースが姿を見せた。


「何を言うか。私利私欲に走り、我らのごとき忠臣を苦しめ、クルキアを衰退させたのはお前の方だ。ウィストリアの女狐め。今こそ成敗してくれようぞ!」


「お前が忠臣というなら、王宮のネズミも立派な騎士だ。世迷言を言う暇があるなら、かかってこい。この謀反人め。宰相もろとも返り討ちにしてやる」


 兵たちの多くは、かつてアニスと戦場を共にした者たちで、複雑な思いで、流浪の王妃を見上げていた。


 アニスは微笑ほほえんで、彼らの顔を見渡した。


「お前たち、どうしても攻め寄せるというなら、せめて無駄死にだけはするなよ」



 アニスが姿を消すと、早速反乱軍の攻撃が始まった。


 しかし、多くは戦意に乏しく、また籠城側がボウガンや投石で頑強に抵抗したため、いたずらに死傷者を出すだけだった。


 深い空堀は、敵の接近を見事に阻止した。


「ええい、退けっ、退けっ!」


 日が暮れ、あきらめた反乱軍は掘際から撤退した。


「やった!」


「ざまぁみろ!」


 砦側の兵士は快哉を叫んだ。


 アニスは初日の戦闘を振り返り、少し安堵した。


(これなら、かなり時間を稼ぐことができるかもしれない。あきらめてはいけない)


 初めて戦火に巻き込まれた子供たちも落ち着いていた。


「お母様、敵はどうなったの?」


 アンナに訊かれて、アニスは笑った。


「悪い敵は、お母様たちにやられて、逃げて行ったわ。だから今夜は安心して寝てちょうだいね」


「うん。わかった」




 アニスは子供たちを早めに寝かしつけると、軍議を開いた。


「緒戦の戦果は上々だ。だが、兵力不足はいかんともしがたい。早めにモーゼンからの援軍が欲しい。だが、仮に援軍が来たとして、どうやって味方をこの砦に入れたものだろうか」


 するとリマルが手を挙げた。


「王妃、それはすでに策を練ってあります」


 リマルから詳細を聞いたアニスは、不敵に笑った。


「貴様、黙っていたな」


 リマルも微笑んだ。


「この場合、情報が漏れると、命取りになりますので」


「面白い。お前の策は、その他にも色々と使えそうだな。せいぜい敵を翻弄してやろうではないか」


 こうして籠城初日は、上々の戦果で終わったのであった。

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