第47話 要塞出現

 チェンバネに着くと、アニスもアルフレッドも目を見張った。


 町はずれの小高い岩山に、見るからに堅牢な石造の要塞が建設されており、想像とまるで違っていたからだった。


 見上げる程の高さがある胸間城壁に、周囲を取り巻く深く、広い空堀。


 唯一の出入り口は、跳ね橋のみで、砦には徹底した防御が施されていた。


「さぞや驚かれたことでしょう」


 自慢げに砦を指さしたのは、リマルだった。


「私が設計したのです」


「私は初めてここに来たが、お前、いつの間にこんなものを」


 アニスが口をあんぐりと開けていると、リマルは不思議そうに首を傾げた。


「ここに砦を作れとおっしゃったのは王妃様でございますよ?」


「そんなこと、言ったか?」


「ええ。王妃様が、最初のお子を身ごもられる直前のことです」


「ああ!」


 言われて、アニスはようやく当時のことを思い出した。


「そんなこともあったな」


「はい。すべては王妃様のご命令通りに。ここは、それなりに軍勢を入れれば、一年はもつ作りとなっております。中には武具や兵糧も十分に貯蔵してあります」


「それはよい。でかしたぞ、リマル。それにしてもよくぞこれ程のものを作ったものだ」


「完成までに三年もかかりました。私の自慢の作品です」


「ん? 三年? 金は一体どうしたのだ?」


 訊かれてリマルは、急に目を泳がせた。


「あの、その、陛下が、ノルデンの賠償金の中から資金を下さいまして……」


「ん?」


 アニスは思わず、小首をかしげた。


「待て。あれはたしか、褒賞として、チェンバネの町を立派にするための支出だったはずだ」


「いえ、その。ある意味では立派になったかと……」


「リマル、もしや貴様!」


「うひいっ」


 アニスは忘れていた。


 一見誠実そうなリマルも、実はガチ勢であったことを。


 しかし、この場合はリマルのこだわりが、思いがけずよい方向に転がったため、不問とすることにした。


 今はそれどころの騒ぎではない。


「まあいい。今回は見逃してやる。怪我の功名というやつだ。そんなことより、ルフルト」


「はっ、御前に」


 近くに控えていたルフルトが前に進み出た。


「すぐに籠城の準備だ。敵はそのうち、ここを大軍で取り囲むだろう。なぜか知らんが私のここに随分とご執心のようだからな」


 アニスは右手の人差し指で、己の首をちょんちょんとつついた。


 だが、ここならうまくやれば時を稼げるはず。急ぎモーゼンや王に使いを出し、援軍を頼んでくれ」


「はっ」


「それからチェンバネの女子供、年寄りは、金を与えて、どこかに避難させろ。戦に巻き込むわけにはいかぬ。役に立ちそうな男たちは城に入れろ。わかったな」


「承知いたしました」


 皆があわただしく動き始めると、アニスは子供たちに目をやった。


 ミルンも、アンナも、まだ幼いパトリックも、無骨な要塞を見上げて、緊張しているのが見て取れる。


(子供ながら、正しい判断だ)


 アニスは人知れず、ため息をついた。


 ここで負ければ、自分たちはよくてカリアスとの交渉材料としての捕虜、悪ければその場で処刑だからだ。


(一歩間違えれば巨大な棺桶だな)


 アニスは、子供たちをアルフレッドに託すと、自らも籠城準備の指揮をとることにした。


「時間がない。重要な箇所に柵を築くぞ。あとその辺の木を引っこ抜いて逆茂木にしろ。急げ!」


 住民の避難が完了すると、アニスは、せっかく築いたチェンバネの町を残らず焼き払った。


 攻め手の拠点や、陣中の兵営となるのを防ぐためである。


「敵に勝ったら、必ずもっと見事な町を再建する。褒美や十分な生活費も約束しよう。今はこらえてくれ」


 アニスは籠城に参加するチェンバネの男たちに、そう声をかけて慰めた。


 物見に出した兵士からは、パルシャガル方面から、大軍がチェンバネに向けて移動しているとの報告も入っている。


「急げ。薪に食料、寝具に衣類、必要そうな物はすべて砦に持っていけ! 手ごろな石も拾い集めろ!」

 

 チェンバネに決戦の時が近づいていた。


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