第42話 埋火

 この頃、直轄領や都市からの年貢・上納金の増大に伴い、王家の軍事力や経済力は強化され、カリアスの権力も盤石なものとなっていた。


 また、貴族の重臣の高齢化に伴う引退で、国の政治はカリアスの狙いどおり、いつの間にか、王やその側近たちが主導するようになっていた。


 カリアスは身分や門地にとらわれず、有能な人間であれば、下級貴族でも、新興層出身の者でも登用した。


 官吏や学者などは、貴族身分でなくとも、任につかせた。


 そのようにして形成された官僚集団に、これまで人治主義を行っていた大貴族連中が太刀打ちできるはずもなく、彼らは自然と権力の周縁部に追いやられる形となった。


 人治が及ばなくなった分、司法も法に則って裁かれ、これまでよりはるかに公明正大に運用されるようになった。


 国民はこれを大いに歓迎し、カリアスの徳を讃えた。


 カリアスは、従来の権力構造を一新し、新世代の貴族たちや、力をつけ始めた新興層と手を結ぶことで、国の全権を掌握することに成功しつつあったのである。


 また商工業や、陸運・水運などの流通の発展により、年貢や税率の高い有力貴族の領内からは農民が次々と逃散し、人手を求める都市などに流入した。


 こうして古い、横柄な貴族はますます貧しくなり、その存在感は年々低下していった。


 富だけでなく、今や国家権力にも手を伸ばし始めた新興層との格差は明白だった。


 かつてクルキアで顕官に名を連ねた大貴族たちは言った。


「これはカリアスによる、見えざる粛清だ」と。


 オドも、宰相とは名ばかりで、今や王に意見を求められることもなくなっている。


 彼らは強大化した王権と、自分たちをないがしろにするカリアスに対して、次第に不満をつのらせ、反発を強めていった。


「カリアスのやつ、恩義を忘れて、我らを滅亡に追い込む気だ」


「ヤツは冷たい。豊かになったのは、王室だけではないか」


「こうなったのも、すべてウィストリアの武張ぶばった女がこの国にやってきてからだ」


 夫たちの影響もあり、オドの妻を筆頭に、王族の女性や貴族の妻たちも、露骨に王家を非難した。


 今や栄華は過去のものとなり、自分たちが、かつて見下し、馬鹿にしていたアニスにひざまずく、惨めな存在になり果てていたからである。


「あのウィストリアの生意気な女をなんとかしろ!」


「すべて、やつが裏で糸を引いているに違いない。カリアスはしょせん、あの女狐の操り人形に過ぎない!」


「いつか必ず、王妃の座から引きずりおろしてやる!」


 それらの声の多くは、明らかに認知が歪んでいたが、日々失われていく富や地位・権力を前にすると、人は簡単に狂うものである。


 また、そこには有力貴族たちの、今までの専横に対する後ろめたさも含まれていた。


 つまり、自分たちがやってきたことと、同じ非道をされる可能性に対する恐怖である。


 彼らの多くは、自分たちが粛清されても仕方ないという認識を、心の奥底に持っていた。


 不平や恐怖心は、貴族たちの心に、おりのように積もっていった。




 そんな時、偶然一つの事件が起きた。八年前、カリアスを命を狙った犯人を知っていると、王家に届け出る者が現れたのである。


 それはなんと有力貴族、カルザースの長男だった。


 長男によると、凶行を命じたのは父親だという。


 歴史には、時として人知をはるかに超える瞬間がある。


 これを発端とし、平和を謳歌していたクルキア王国は、一転、思いがけない大乱に見舞われることとなるのであった。

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