第41話 穏やかな日々

(なんだか、ひどく疲れた)


 アニスはとにかく、子供やカリアスと静かに暮らしたかった。


 思えば子供のころから病弱な父親の代わりに領主役を、弟のヨハンに対しては母親役をつとめ、無理をしていたような気がする。


(これからは、自分のためにも生きよう。今まで頑張ってきたのだから、少しくらいの我がままは許されるだろう)


 幸い、有能な家宰のアルフレッドや、ファンタジスタのリマル、銭ゲバだが仕事だけはできる商人のオットーもいる。


 王室の財政は安定どころか、飛躍的に豊かになり、困ることもなかった。


(あとは皆にまかせよう)


 アニスは王妃として、公的な行事の開催や、貴族たちとの交流には引き続き尽力したが、それ以外はもっぱら家族と時間を過ごした。


 アニスは家族を愛し、家族から愛されて幸せだった。


 カリアスとの夫婦仲はきわめて良好で、王は他に女を作ることもせず、アニスもカリアスの補佐をしたり、夫との時間を大切にした。


「私は、王妃と結婚できて本当によかった。それだけは、いけすかない貴族連中に感謝したい」


 今やカリアスには、結婚当初からは想像もできない程、王としての威厳が備わっていた。


 しかし、少女の頃から実質的な領主として育ったアニスは、その背後には人には決して理解できない孤独や苦悩があることをよく知っていた。


 そのため、せめて自分や家族と過ごす時くらいはカリアスに安らぎがあるよう、明るく穏やかに接し、振る舞った。




 それから瞬く間に八年の歳月が過ぎた。


 クルキア王国と王権は安定し、国は前よりも豊かになった。北に不凍港を手に入れたことにより、内陸部の商工業や流通も飛躍的に発展した。


 港は、ライ麦や大麦の輸出で、大いに繁栄した。


 国政が安定し、冷害対策も積極的にとられたことにより、国内の治安もよくなり、カリアスの治世は、すべての民から祝福されるものとなった。


 その間には、カリアスの伯母のアンナも亡くなり、約束通り、カリアスがモーゼン領を引き継いだ。


「姉のように、これ以上、王妃を殺させ給うな」


 それがアンナの遺言だった。


「伯母上、アニスを殺すようなことは、絶対にさせません。これ以上、王室をないがしろにする連中を、のさばらしておくわけにはいかない」


 そう誓うカリアスの目は強く、少し血走っていた。



 アニスとカリアスの間には、ミルンの他に、妹と弟の子供が二人生まれていた。


 女の子は伯母の名をもらいアンナと、男の子はパトリックと名付けられ、アニスの周辺はとても賑やかになった。


 二人ともミルン同様、乳母や侍女に育てられなかったため、三人は仲良く、一緒に遊んで成長している。


 アニスは家族の笑顔に囲まれて過ごし、幸せを噛みしめていた。


「ミルン、アンナにお菓子を渡してあげて」


「はい、お母様。パトはどうするの?」


「パトリックには、お母様から違うものをあげるから大丈夫よ」


「わかりました。パトだけないのは、かわいそうだもんね」


「ミルンは優しい子ね」


「ぼくは、お兄さんだからね。じゃあ、手を洗ってくるよ」


 アニスは小走りで庭を駆けていく息子を眺め、ほほを緩ませた。


 ミルンは、少し背は低いものの、健康で元気な子供に育っていた。


(みんな、いい子たち。本当にいい子たちに育っている)


 そんな時、アニスは、自分や生まれたばかりの弟をこの世に残して死んだ母の無念さや、悲しみを思ったりもした。

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